―― 10年ぶりの「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション(SNDC)」開催について、まずはご感想を聞かせてください。

 

日本では高度成長期にデザインが成長を遂げましたが、ここしばらくはデザインが少し遠くなっていました。機能やテクノロジーは重要なものですが、一方でデザインは思いやりを中心とした多くの要素をまとめる役割を担っています。そういう意味で、テクノロジーとワンセットのはずなんです。しかし日本では技術が偏重され、デザインがなおざりの時代が続いていたので、このままで大丈夫かな?と心配していました。そんな状況の中でのSNDCの再開は、非常にタイムリーだと思います。

 

 

―― 世界を舞台にご活躍ですが、この10年間で世界のプロダクト市場はどのように変わったと思いますか?

 

ネット社会が発達してあらゆる情報が世界中で共有できるようになり、国境を超えていいモノはいい、素敵なものは素敵なんだという時代になりました。世界スタンダードが蔓延している一方で、自分たちの国の文化や歴史などに目を向けたドメスティックなモノを大切にしようという萌芽もあり、両方が同居する時代になってきたと思います。気になることを挙げるとすれば、価格競争で同質化が進み、良く似たモノがあふれていること。オリジナリティではなく価格で競争しているわけですね。安いのはいいことですが、ただ安いというだけで購入するのは健全ではないような気がするんです。日本には着物や器など大切な品は修繕してでも使い続ける文化がありました。そういう愛着のあるモノと暮らすということにも目を向けてほしいと思います。

 

―― プロダクトデザインにはどのような要素が必要なのでしょう?

 

機能性や安全性、価格などいろいろな要素が必要ですが、大切なのは「思いやり」だと思います。使う人に対しても、環境に対しても。私は、デザインというのは基本的には「ハッピー産業」だと思っているので、使う人が喜び、満足してくれるものであってほしい。使う人が幸せなら、それをつくったメーカーも幸せになり、いい循環が生まれますからね。また、幸せな気分にさせてくれるモノがあれば、そこからコミュニケーションも生まれます。人間は心の動物なので、そういう存在を相手に求めてもらえるようなモノをつくるのは、とても難しいし、素敵なことなんですよ。

 

 

―― 「しるし(印)の価値」というテーマについて感じていらっしゃることと、応募者へのメッセージをお願いします。

 

心の動物である人間にとって、モノへの思い出やイメージはとても大切です。ですから「しるし」は古代から無意識の内にも大切にされてきましたし、これだけはいくらコンピュータ社会になり人工知能が進んでも変わらないと思います。ハンコは自分の力で押して、初めて印がつく。その一瞬、行為が心とつながるんですよ。これはとても大切なことです。ハンコは、持ち運ばなければいけなかったり、大切にしまっておかなければいけなかったりする。そこを突き詰めていくと形が生まれ、さらに思いをめぐらせると素材感や肌触りなどもイメージが湧いてきます。考える時のコツは、大衆を意識するより、家族や友達など身の回りの数人を念頭に、「この人だったらどうするだろう?」と想像すること。それ以上範囲を広げても、人はそれほど変わりませんから。

 

執筆: 杉瀬由希      撮影: 平野愛