――SNDCではずっと「しるし」をテーマに据えていますが、応募作品の傾向として気になることや、もっとこうしたらいいのではないかというご意見はありますか?
シヤチハタは浸透印という強いシンボルを持っている会社なので、そのイメージに引っ張られ過ぎている人が多いと思います。確かに浸透式のネーム印は非常に大きなスタンダードになった。でもシヤチハタがつくったしるしはネーム印だけではありません。ビジネスシーンで使われている「社外秘」や「受領済」のような事務印や、駅など公共の場に置いてあるスタンプもシヤチハタがつくっている。つまりネーム印から想像する場面よりも、実際にはもっと広く、パブリックに使われているのです。そういうことを知って考えると、もっと違うアイデアが出てくる可能性がある。自分をしるす、という周辺だけを考えるより、使われる環境や状況自体をクリエイトしたほうが、面白いものになるのではないかという気がします。
――今後の課題としてSNDC全体のレベルアップも必要だとおっしゃっていましたね。
プロが出そうと思うようなレベルのコンペを目指していくべきだろうと思います。それにはいい作品を出してもらうしかないわけですが、応募作品を見ていると、デザインコンペではなくなってきているような気がします。いいデザインを競い合うというより、考え方の部分に終始しているものが多い。もちろん考え方は重要で、審査をしていて、これはデザインがいいなと思うものは、プレゼンシートを見るとやっぱりアイデアが良いです。考えの経路が明快だから、きれいなものができるんですね。だからアイデアが良くないものは、できあがりも良くならない。それはこれまでの傾向で顕著に表れています。
――今回はテーマにサブタイトルを設けているので、うまく発想の足掛かりにしてもらえれば、これまでにないアイデアの作品が出てくるかもしれません。
特に「気持ちを伝える」というのは大きいですね。かなりいろいろ考えられると思います。たとえば資料に付箋でしるしをつけるとき、貼り方が杜撰な人と、きちんと貼る人がいますよね。それによって、渡されたときに自分をアシストしてくれている人の気持ちが伝わります。印鑑の押し方も、指定されているところにまっすぐきちんと押すのと、はみ出して曲がって押すのとでは、やっぱり気持ちは違ってくるでしょう。僕は契約書に捺印するとき、「印」という印字がない場合は、必ず自分の名前の文字のどこかにかかるところに押すんですが、自分の名前と自分のしるしを重ねるということは、自らを主張しなきゃいけないので、より慎重になる。つまり感情が、どういう行為やどういうところにこもるかを考えればいいのです。テーブルクロスに残ってしまったコーヒーのシミとか、ドアハンドルについた汚れだとか、シヤチハタとは全然関係ない痕跡のしるしも、そこに気持ちがこもれば異なる意味を持ってシヤチハタにつなげられるかもしれない。そういう風に考えていくと、アイデアにどんどん広がりが出てくると思いますよ。
執筆: 杉瀬由希 撮影: 稲葉真