ずっしりとした重量感が押印という行為の重要性を感性に訴える「重さを示す印鑑」で、準グランプリを受賞した大沢拓也さんと須藤哲さんに、アイデアの源やこだわりなど制作の背景についてう
かがいました。
―― まず、お二人のご関係と職業を教えてください。
須藤大学時代の友人で、研究室の同士です。今僕は浜松の楽器メーカーでプロダクトデザインの仕事をしています。
大沢僕は文具や家具を作るメーカーで、文具の企画開発やデザインを担当しています。
―― この作品のアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
大沢勤めている会社が最近PDF上で電子印鑑を押すようになり、高額な伝票に対する押印がクリック一つで済んでしまうことが、すごく軽いなと思ったんです。これまでの、いろいろなところにサインをして、いろいろな人に認印をもらって、という手続きや行為が、そんなに軽く終わってしまっていいのかな?という疑問を持ちました。そこで判子を押すことの意味や重要性を再確認できるようなプロダクトはできないのかなというところからこの案を考えました。
須藤週に1度、オンラインでお互いのアイデアを持ち寄って議論するというやり方で進め、ある回の最後に大沢が出してきたのがこの案でした。気持ちの「想い」と物理的な「重い」を掛けた感じで、最初は言葉遊びの印象が強かったんです。でも、きちんと捉えきれないながらも、どこか惹かれるものがありました。何か深い意味があるんじゃないかというところが心に引っ掛かり、面白いからもう少し広げてみようと。そこからモデリングしたり、行為の意味やコンセプトなどを考えたりする中で、アイデアが少しずつ育っていきました。
―― 重さをどのくらいにするかは重要なポイントだったと思います。どのようにして決めたのですか?
大沢コンセプトを大事にしながらも、最終的に製品化した時、どういうユーザーに対してどのくらいの価格設定で売っていくか、というところから重量を設定して行きました。表彰式の講評で、原研哉さんが100万でも買いますとおっしゃってくださっていましたが、我々は1、2万を想定して考えました。その価格でできる加工方法を考えて金属を選んでいった時に、これかなと思ったのがチタンです。アルミと比較しても比重が大きいですし、加工もしやすいということで、チタンの重さを設定してつくりました。
須藤比較対象がないので、相対的な重みではなく、使う人が判子を手にとって押すという行為の中で重さを感じられるものであれば、結果的にプロダクトとして成立するのかもしれないと思いました。このコンペの大事なポイントである「製品化を検討する」ということは、応募した理由の一つでもあるのですが、実際にモノになれば社会に与える影響が大きいので、どういう案を採用し、どういう仕上げで、どういう質感のものにするか、というところはすごく議論しました。
―― 造形については、どのような点にこだわりましたか?
大沢重たい判子をつくろうと考えて既存品をいろいろ調べてみたところ、円柱のシンプルなものが多かったので、同じような形にしてもダメだろうなと思い、視覚的にも触覚的にも重さが伝わる造形は何だろうと考えました。その時に重りやダンベルなど身の周りの重たそうなものを見てみたら、多角形のものがすごく多かったんです。八角柱にしたのは、多角形にすることによって、既視感から重たそうな印象になると思ったのが一つ。
もう一つは、高価な判子というのは、押す時にわざと名前、もしくは氏名の上下がわからないような形にしてあるんです。この書類に押印していいかどうか、判子の向きを確かめる間に考えられるように、わざとそうしているのだそうです。ただ、まっすぐには押したいので、パッと見は上下がわからないんですが、いざ向きを決めて押す時にはしっかりとまっすぐ押せる、という形状も狙って八角柱にしました。
須藤この判子自体がわずかに末広がりの形になっています。末広がりにすると、握って押す時に下に力がかかるので、機能的にも押しやすさにつながってくると思いますし、重心が下にきて視覚的にも重たそうな印象になるので、この形は大事にしたいという思いがありました。
大沢角度もコンマ数ミリを微調節しながら検証しました。3Dプリンターで試作品をつくった時、天地の差を0.3mmぐらいで設定したのですが、なんか違うなと。結局、0.5mmにしています。
―― 最後に、SNDCに参加された感想を聞かせてください。
須藤テーマを与えていただき、深く考えることで、貴重な気付きを得ることができました。受賞したことはもちろん嬉しく、光栄なことですが、それ以上に作品をつくるプロセスから得た経験や、二人の間で生まれたアイデアが、自分にとっては財産だと思っています。一人ではなかなか気づけない、学べないことがたくさんありました。
大沢僕は毎年、いろいろなデザインコンペに応募しているのですが、その時に決めているのが、自分にはない能力を持っている人と組もうということ。須藤は膨大な情報を分析する能力に秀でていて、アイデアの引き出しが多いんです。クリエイターとしての力が高いので、今回一緒にやって学ぶところがありました。
須藤逆に僕は、アイデアは出すものの、深く考え込んでまとめきれないところがあるので、大沢が整理してロジカルに詰めてくれることに助けられました。一緒に取り組めたからこそ、アイデアを洗練させていく部分に集中することができたと思います。
大沢ロジックを詰めていくと、形としての必然性も出てくるので、そこは意識しています。ただ、さらに気を付けているのは、形の必然性にこだわり過ぎないこと。「Less is More」と言われるように、限りなく要素を削ぎ取って美しいものをつくることは大事だと思います。でも肝心なのは、消費者が欲しいと思うかどうか。今回のコンペではそこを評価されたことが一番嬉しかったです。その兼ね合いの中で、これからもデザインをしていきたいと思っています。
Profile
大沢 拓也(おおさわ・たくや)
デザイナー
須藤 哲(すとう・さとし)
デザイナー
構成:杉瀬由希 撮影:稲葉真