SNDCは、尊敬するデザイナーの方々が審査してくださることもあり、以前から興味を持っていました。良いアイデアは良い制約から生まれると言いますが、「しるし」という根本のテーマから程よい距離を取りながら、楽しく考えることができました。
丁度アイデアを考えていた時期、紙加工会社の福永紙工さんと一緒に「新しい箱のテンプレートブランド:UNBOX」というプロジェクトの立ち上げ準備をしていました。その過程で紙の構造の面白さに触れている中で、ふと出てきたのがこのアイデアです。
判子は「押す」こと以外に、「持っている」ということにも意味があると思っています。ですから、もっと気軽に持ち運べる形を考えました。こだわったのは、平面から立体に膨らんだ時のシルエット。ともすると判子の存在を軽薄にしかねないアイデアなので、厳かなシルエットを自分たちなりに探りました。
私たちはプロダクトデザインを専門としていないので、制作にあたっては何から何まで困難でした。おまけに模型制作期間中に、図面作成を担当していた坂本が入院してしまったこともあり、あらためてモノをつくる大変さを感じました。そんな状況でも、模型制作に尽力してくださった光伸プランニングさんには本当に感謝しています。
「しるし」は判子に限りませんし、シヤチハタの可能性を広げる意味でも「判子」以外のアイデアを提案をしたいという思いがありました。まず、「付着させる」「元の物体を加工する」「要素を並び替える」など“しるしの残し方”をいくつか発想し、関連のある製品カテゴリを洗い出しました。そしてその中から日常生活で利用できそうな製品であり、かつ汎用性の高いテープに着目。「テープで情報を表す」というコンセプトを立て、そこから今回の作品を考えました。
バーコードを読み取れる機能性とテープとしての美しさやモノとしての完成度のバランスをとりつつ、量産のことも考えながら仕様を詰めていくのは大変でした。「メッセージを何文字まで入れられるか」「テープの幅・長さ」「バーコードとテープ両端までのクリアランス」など検証すべき点が多く、模型は50点近く試作。実際にバーコードが読み取れるかどうかも、30種ほどの読み取りアプリで検証しました。
ストライプのテープに、実はメッセージが隠れているというロマンのあるところと、アナログなストライプとデジタルなバーコードが繋がっている世界観も気に入っています。さまざまな使い方ができるので、ぜひ楽しい使い方を発見してもらいたいです。
『「 」を表すしるし』というテーマは、とてもユニークだと思いました。同時に、捉え方によって幅が広がるため、カギカッコに何を入れるかが重要なポイントになると考えました。
この作品は、毎日学校の宿題をする娘の姿を見て、その時間をかたちとして残すことはできないかと考えたことが発想のきっかけです。そこから「筆跡を刻印する」下敷きのアイデアが生まれました。アイデア自体は早い段階で思いついたのですが、実際に納得のいくかたちに仕上げるまでにはかなり時間を要しました。試作しては娘に実際に使ってもらい、素材の選び直しや細やかな調整を何度も行いました。
日々の研鑽の時間を可視化する下敷きなので、使った分だけ愛着が湧くと思います。一生懸命学んだ記憶の結晶として、使う人の宝物になれば良いなという思いを込めてつくりました。
一昨年、昨年とSNDCで受賞させていただき、3年連続を狙う気持ちと、今年こそはグランプリを!という思いで応募しました。
僕のアイデア発想の特徴として、既存のものを一つ取り上げ、テーマと結びつけるアプローチを行います。今回はまず「えんぴつ」を取り上げ、「しるし」と結びつける作業を行いました。“えんぴつのしるし”と考えた時に、2H、2Bなどの文字表記がそれに該当すると考え、同時にそこに存在する課題も考えました。えんぴつの硬さは文字の情報のみでは伝わらないことに加え、えんぴつは試し書きできない商品なので、硬度を確かめる術がありません。そこで考案したのが、筆跡そのものをえんぴつに印刷したこの受賞作品です。
筆跡イメージが的確に伝わるよう、えんぴつ本体の色や素材感にこだわりを置きました。一般的によく使われる光沢感のあるえんぴつではなく、紙に書かれたような質感を表現するためにマット調で制作し、白の中でも紙の白に近い色を採用。2H~3Bまでの筆跡を忠実に再現すべく、何度も書きながら一番近い筆跡イメージを模索しました。また、本提案の価値をわかりやすく訴求するため、見せ方にも工夫し、テキストを少なくワンビジュアルで伝えることを意識しました。
判子を道具として捉えた場合、最も基本的で根源的に要求される機能は「真っ直ぐ、正確に押せる」ことではないかと考え、これまで各人の能力に委ねるしかなかったことをデザインの力で美しく解決できればと思いました。真っ直ぐ押すためには何らかのガイドや目印を判子に付属する必要がありましたが、「判子を押す」という美しい行為にゴテゴテしたギミックをつけることは憚られました。本体ではなく、紙面側に押印する時だけ現れる基準線があればよいのになあと考え、光で基準線を描くことを思いつきました。基準線の十字は、普段の仕事で行っている図面作成の際に使う円の中心線から発想しています。
模型制作にあたっては、光が想定より太く出てしまったり、LEDの個体差による光の色ムラがあったりして、業者さんは苦労されたと思います。また、判子内部の限られたスペースに電池やLEDを収めなければならず、かといって大きすぎると判子としての佇まいが失われてしまうため、全体の寸法設定は熟考しました。光を点灯するスイッチは、判子を押す動作を行った時に人差し指で一番自然に押せる位置に設定しており、印影の上面を表す「アタリ」としても機能します。基準光の動きや色、焦点の合う位置は、感覚的に気持ちがいいと思えるよう調整しました。
このアイデアは、判子はこれから記念品のような、あるいは工芸品のような存在になっていくのではないか、という考え方から始まりました。そのような佇まいで、「自分自身のしるし」を判子として残すことができれば、とても情緒的なプロダクトになるのではないか。そのような発想から、押印すると自分自身の秘密である記憶が明かされる「秘密の質問」という作品を生み出しました。
困難だったのは、プロダクトの実用性をどう持たせるのか、という点です。ただ自分の秘密が判子になったところで、購入した人は判子を押したくはないだろうと考えました。そこで、一次審査では単に自分の秘密を明かすようなプロダクトとして提案していましたが、二次審査では秘密を「自分の忘れたくない記憶」と捉え直し、秘密の質問の内容や、プロダクトがどのような場面で購入されるかまで、資料を凝って提案しました。
この作品は、「秘密の質問」を通じて「自分自身による自己の証明」を提案するアイデアですが、その他にも、誰か大切な人の質問への答えが判子になるなど、さまざまな展開が可能です。質問が判子の背見出しに、答えが印面にあるという機能を活かして、判子の可能性を拡張できれば幸いです。
この作品を思いついたのは、判子のインクを調味料で代替することで、新しい価値が生まれるのではないかと考えたことがきっかけです。「食」と「しるし」を結び付けてアイデアを広げた時、料理には作者を表すしるしが無いことに気づきました。料理も絵画と同じ創作物と捉えることができ、最近は写真がSNSにアップされ残ることも多々あります。このような背景から調理者を表すしるしには価値があると考えました。
最も苦労したのはインクの作成です。初めはケチャップなどの調味料を試しましたが、お皿への定着と発色が両立できず難航。一旦、調味料から離れ、可食性の食用色素を使用する方向へとシフトし、ベンガラをはじめ数種類の色素を試しました。最終的に食用顔料と食用油を使うことで、お皿にきれいに押せる可食インクが完成しました。
お皿に押す判子という新しいツールを、キッチンの中でどのように存在させるか。その点はこだわり、苦心もしました。作品完成の証に押印することは、とても緊張感のある行為だと思います。そんな丁寧な所作にふさわしい佇まいや、キッチンツールとしての清潔感と使い方を考えながら、この作品をデザインしました。