表彰式後のトークショーでは、当コンペを主催した一般社団法人未来ものづくり振興会代表理事でシヤチハタ株式会社代表取締役社長の舟橋正剛がモデレーターを務め、審査員の喜多俊之、後藤陽次郎、中村勇吾、原研哉、深澤直人、および特別審査員の岩渕貞哉の6氏による講評や質疑応答が行われました。その模様をご紹介します。

 

表彰式後のトークショーの様子

 

舟橋受賞者の皆さん、あらためましておめでとうございます。表彰式で、皆さんが作品に込めた思いをうかがい、それぞれに重みと説得力を感じました。また、この審査員の方々に認められたいという思いから応募してくださった方が何人もいらっしゃり、この審査員の皆さんとSNDCをやらせていただけて本当によかったと、つくづく感じました。
それでは審査員の皆さんに、各賞について講評をいただきたいと思います。喜多さんから、お願いします。

 

喜多まず、喜多賞「SHACHIHATA CARD」についてコメントさせていただきます。印鑑は数千年の歴史がありますが、この作品は、それを現代という時代に後世に伝わる新しい方法で表現できないかと考え、カード状にしてボリュームを消してしまった。とても思い切ったアイデアだと思います。平たくなったことによって、簡単に持ち運びができます。しかも、ひとつの動作だけでパッと立体になって、従来の判子同様に使える。そこがとても魅力的だと思いました。
グランプリの「My Face Stamp」は、人の気持ちが伝わるところがいいですね。私はロボットのデザインをしたことがあるのですが、その時に、全体の姿かたちはもちろんですけれども、特に目に力を入れました。人間は誰かと話をする時、相手の目を見て表情から気持ちを読み取ろうとします。そのコミュニケーションを、判子の印面というこれだけの狭い面積で、研ぎ澄まされたデザインで可能にしたところが、大変素晴らしいと思いました。

 

後藤毎年感じることですが、世の中にこれだけ有り余るモノがありながら、毎年よくこれだけの新しいアイデアが生まれるものだなと思います。そしてそこに、人間の飽くなき探求心や好奇心、パッションを感じます。この年になると欲しいと思うものはそうそうないのですが、それでも時々光るもの、触ってみたくなるものや使ってみたくなるものが必ずあります。今回もそういうものに出合うことができました。
グランプリの「My Face Stamp」は、デジタルに心を入れるというのがテーマですね。デザインというのは、メカニカルな機能や形だけではなく、やはりそこに心が入らないと人には響かない。それを上手く融合した作品ということで、評価させていただきました。
準グランプリの「重さを示す印鑑」は、見た目は普通の判子なので、最初はわからなかったんです。でも持ってみたら重みがあり、その感動や感触が人の心に響く作品だと思いました。
後藤賞の「BARCODE TAPE」は、ただデザインしたテープというだけでなく、そこにメッセージが込められているというアイデアが面白いですね。秘密のメッセージをつけたりすることで、テープに新しい付加価値がつくのではないかと思い、個人賞に選ばせていただきました。

 


左から喜多俊之、後藤陽次郎、中村勇吾
 

舟橋この作品をつくられたJDSの皆さんに私からお聞きしたいのですが、QRコードでなくてバーコードにしたのはなぜですか? チームを代表して広川楽馬さん、お願いします。

 

広川情報量でいえば確かにQRコードの方が多いですし、いろいろなサイトに飛んだり用途もたくさんあると思います。テープというひとつなぎのモノにする時、一次元のバーコードのほうが、バーコードが伸びてそれがテープになっていくので、プロダクトとしての完成度が高くなるんじゃないかと考えました。一次元バーコードにしたことによって文字数に制限ができますが、逆に制限がある中でメッセージを込めるほうが、実際に試作した時も面白いと感じたので、そちらを採用しました。

 

舟橋大変面白いと思います。ありがとうございました。では中村さん、お願いします。

 

中村こういうコンペは、結果はもちろん大事ですが、お題について自分で考えて、それを具体化するために試行錯誤し、その中でいいアイデアが実現されていく。そういう時間にすごく価値があると思うのです。今回は約1,200人が応募されたので、一人一ヶ月間考えたとすると、全体では1,200月、つまり100年(笑)。それくらいの豊かな時間を、シヤチハタさんがお題を出すことによって与えてくれたんじゃないかなと思います。そういう意味で審査をする時も、もちろんモノとしての姿はしっかり見るんですが、すごくいいアイデアがポンと浮かんで、具現化できた時に「やった!」と思っただろうなと。そういうプロセスが背景に見えるようなものが、やっぱりいいなと思いました。中村賞の「学びの記憶」もそのひとつで、僕も見て、「あ、やられた」と。そんな瞬間的な感動がありました。
今回、全体的な賞の傾向として、いわゆるデザインコンペのアイデアだけが先行している感じではなくて、モノとして見てもちゃんと成立していて魅力的で、実際に欲しいなと思えるものが多かったと思います。この「学びの記憶」もそうですし、なかでも僕が一番欲しいなと思ったのは「重さを示す印鑑」。ほかの審査員の皆さんと議論になって、もっと重いほうがいいんじゃないかという意見が多かったですね。僕もそう思いました。

 

舟橋この作品をつくられた大沢拓也さんと須藤哲さん、いかがでしょう。「重さを示す印鑑」の重さというのは、判子を押す行為の重みということですよね?

 

大沢そうです。弊社でも最近、電子印鑑に代わり、この高額な領収書に判子を押すのに、こんなに軽い気持ちでポンポン押してしまっていいのかな、と。本来、そういう判子を押すという行為はもっと重くあるべきなのではないかという思いから、この作品を考えました。重さをどのくらいにするかは、僕らの間でも議論した点です。実際にこれを売るとしたらいくらぐらいの価格設定かというところから考え、1万円でつくれる金属でいろいろ計算して、その比重に合わせた結果、この重さになりました。もう少し価格を上げたらよかったかなと反省しています(笑)。

 

左から原研哉、深澤直人、岩渕貞哉、舟橋正剛
 

中村原さんは、10万とか、20万とか、いっそ98万円ぐらいでもいいんじゃないかとおっしゃっていました。

 

舟橋ではそのあたりも含めて、原さん、お願いします。

 

この審査は毎年楽しみにしています。グランプリの「My Face Stamp」、いいですね。パッと見た時はよくあるアイデアかなと思ったんですが、だんだん考えているうちに、結構ビッグアイデアじゃないかと思い始めました。最近、日本デザインセンターのコミュニケーションはslackに代わって来ていて、社員証に使っている顔写真にするというルールにしたんです。そうすと、社員の顔がバーッと並んで、皆の発言が生き生きしてくるんですね。あと、印鑑は「私」、「I」ですよね。でも、これで顔が沢山押されると、「I」じゃなくて「We」が表現できる。それによって別の用途が生まれるかもしれないところが、思索的で面白いと思いました。
原賞の「筆跡えんぴつ」は、SNDC常連の石川和也さんの作品で、いかにも審査員が票を入れそうなアイデアなんですよね(場内笑)。本当にコンペ的だし、こんなにきれいな鉛筆はないでよね。ここまでやられると術中にはまる義務があると思い、原賞にしました。見事だと思います。
準グランプリの「はる、しるし」は、意外とないアイデアだと思うんですよ。判子は朱肉や印泥が必要なわけですが、そういうアクションの要らないところで朱いしるしが貼られるというのは、ありそうでなかった。用途もいろいろありそうですし、意外性も含めていいと思いました。
「重さを示す印鑑」は、先程もお話がありましたが、僕はものすごく重いものを欲しいと思いました。新しい金属をつくってもいいから、机から離すのが大変なくらい重いものができたらいいんじゃないかと。シヤチハタのコンペですから、フィジカルな部分をどう表現するかが面白いわけなので、そういう意味ではこれも素晴らしい可能性を持った作品だと思いました。

 

舟橋石川さんは3年連続の受賞で、今年はグランプリというお気持ちもあったのではないかと思います。ぜひ来年は「今年こそグランプリだ」と思って、また受賞式の会場にいらしていただければと思います。では深澤さん、お願いします。

 

深澤今日感じたのは、コミュニケーションが自由になり過ぎて、儀式というものが世の中からどんどんなくなっていく中で、こうして厳粛に表彰式を行えるということは、人間の人生において重要なことだな、と。皆さん、一生懸命考えて、応募して、受賞されたわけですから、その感動や努力をこういう形式のもとに称えるということは大切だと思いました。デザインは激変しているので、このコンペを14回も開催してきたことも素晴らしいと思います。1回目と今ここにいらっしゃる皆さんのデザインを比べると、段違いにレベルが上がっていますし、皆さんが真剣に取り組んでいることがわかるので、自分も真剣にデザインをしなきゃいけないと思いました(会場笑)。
深澤賞の「光のしるし」は、受賞作品集のコメントを読んで、あ、作者はこういう風に考えてデザインしたんだなと思ったのですが、よく見たら僕のコメントだったんですよ(笑)。つまりそれくらい同じマインドになって、こういう賞に収束していくわけですね。行為が光で表現できるのがいいなと思ったのですが、どういう風に模型をつくり込むのかなと気になっていたら、ちゃんと実働モデルだった。力のある、大変素晴らしい作品だと思います。

 


会場に展示されたグランプリ受賞作品「My Face Stamp」の模型

 

岩渕僕は特別審査員賞の「秘密の質問」についてお話したいと思います。この作品は、パスワードに秘密の質問を自分で設定して、何かあった時にはそれを入力すると次に行ける、というところから発想していると思うのですが、僕はこれを見てすごく想像力が膨らみました。判子の上に書いてある文言と、印面の文言が違うということを利用すると、いろいろな可能性が秘められているんじゃないかと。たとえばプレゼントで、誰か大切な人に秘密の質問をして、それを贈ってあげるとか、もしくは質問する人と答える人が違っても、二人の間でコミュニケーションが発生していいと思います。そういう機能を、本来の目的とは少し離れた詩的な使い方をしても成立するところがプロダクトとして実現されていて、すごくきれいでワクワクする作品だと思いました。

 

舟橋最後に、シヤチハタが選ばせていただいた特別審査員賞の「料理のための落款印」ですが、料理の皿に押す落款ということで、いわゆるスタンプの枠を、これで少し広げられるんじゃないかと思いました。フォントやインキはどうあるべきか、インキの代わりに調味料でできないか、いろいろ考えるところはありますが、インスタに画像を上げるということも含めて、面白いワールドがつくれるのではないかと考えて選出させていただきました。
今年は『「  」のしるし』というテーマで開催致しましたが、来年はどうしようかと、今、思案しているところです。決まりましたら発表させていただきますので、ぜひ来年も応募していただけることを期待しております。皆さん、どうもありがとうございました。

 

構成:杉瀬由希 撮影:稲葉真