表情の印影で心を表し、気持ちを伝える電子印鑑「My Face Stamp」でグランプリを受賞した姫野剛さんに、アイデアの源やこだわりなど制作の背景についてうかがいました。

―― 顔写真を印影で表した電子印鑑は、ありそうでなかった提案でした。どんなことから着想を得たのでしょうか?

 アイデアの根源は、2つあります。1つ目は、僕の顔が濃かったことです(笑)。顔が濃いと、気持ちが表情に出やすいようで、仕事の中で「君のその顔で気持ちが伝わったよ」と言われることがたびたびあったんです。意志や決意を伝えるツールは、やはり顔なんだなと思い、書類など意思を伝えるものにも判子で自分の気持ちを込められるようにしたいと考えたことが発端でした。
 2つ目は、昨年の夏に子供が大病を患い、医療費補助の公的制度を利用させていただいたのですが、「すごくありたがい」という気持ちで申請書類に判子を押したことが自分の中に強く残っていたんです。判子を押す行為は、物事を進める時や何かを依頼する時など重要な瞬間なので、そこにはいろいろな気持ちが伴います。その気持ちを大切に扱いたいという思いがありました。今回の提案は、その2つの経験が合わさってできたものです。

―― では、早い段階から印鑑に絞って考えていたのですね。

 そうですね。過去のグランプリ作品を自分なりの観点で見て、王道といえるようなプロダクトだと感じたので、自分も王道を攻めたいという思いがあました。実は、3年連続で受賞した石川和也君は大学時代の後輩なんです。彼が2年連続で準グランプリを獲ったので触発されました。僕もSNDCが復活してからずっと出品していて、一昨年と昨年は一次審査までは通ったんですが、受賞には至らなかったので、リベンジするにはグランプリしかないなと。王道を狙ったがために、この提案は「普通だね」と見逃されるか、「これは面白い」と注目されるか、どちらかだろうと思っていました。

―― 難しかったところやこだわったところ、時間をかけたところはどこですか?

 ピュアにやりたいことだけが伝わるようにするにはどうしたらいいのか、ということをかなり考えました。たとえば最初のプレゼンシートでは、電子印鑑だけでなく、顔の印影データをもとにプロダクトの印鑑にしようというところまで考えていました。また、模型もデジタル画面のフローの中で、こういう機能をつけると便利とか、いろいろアイデアの派生があったんです。でも、そういうものをほぼすべて削ぎ落としました。この提案は「気持ちを伝える」ということが一番大事だったので、派生アイデアとしては、伝えたい気持ちに適した重さや軽さの印影になるように、顔の朱色の面積を増減できる機能だけを残しています。それ以外はすべて削ぎ落として一度、“種”に戻そうと。できるだけ余計な枝葉を取り除いたシンプルで純粋な状態で、種として光らせることができれば、あとはそれを見た審査員の皆さんが、あれもできる、これもできると自由に楽しく考えてくださるかなと思い、そこに期待しました。

―― アナログの判子にする選択もあったと思いますが、なぜ電子印鑑にしたのですか? 

 理由は2つあります。まず、昨年あたりからシヤチハタが電子印鑑に力を入れていると感じていたので、時代の流れを考えても、やはり電子印鑑をしっかり考えてみようと思ったことが1つ。2つ目は、この提案の肝である「押印ごとに心を表す」には、すぐに、何度でも印影をつくれる電子のほうが適していることです。
 またSNDCは商品化が前提ですし、実現して売ることも意識しました。今販売されている電子印鑑は、1印影につきいくらという売り方が一般的です。でもそれだと、文字の印影なら1個つくればずっと使い回していけるので、一人1印影で済んでしまう。その点、顔の表情なら、決意を伝えるものと笑顔のもの、少なくとも2つの印影はつくってくれるんじゃないかなという期待がありました。それだけで売り上げは2倍になりますし、最近のスタートアップなど遊び心のある会社だったら、その都度つくって出しなさい、というところもあるかもしれない。そうなるとサブスクリプションでつくりたい放題にすることもできるな、とか。そういうビジネス的な展開も頭の片隅に置きながら考えました。

―― 今回の参加を通して、感想や気づきがありましたら教えてください。

 そもそもリモート勤務になる前、会社で書類に判子を押していた時は、自分の気持ちは伝わっていたかな?と振り返ってみて思いました。この電子印鑑がこうして気持ちを伝えられるのであれば、普通の書類でもそこに気持ちをしっかりのせたいなと思うようになりました。
 職場の人がこの作品を見て「普通の文字の判子より、この顔で押してくれるほうが、この人ちゃんと見てくれたんだなぁっていう印象を受けるね」と言ってくれたのですが、なるほど、そういう感じ方もあるんだなと思いました。審査員の皆さんのコメントも自分にはなかった視点でしたし、その気付きや今回の受賞で得た自信を忘れずに、これからいろいろ提案していきたいと思っています。

Profile
姫野剛(ひめの・つよし)
デザイナー

構成:杉瀬由希 撮影:稲葉真(上から1、3枚目を除く)