付箋感覚で気軽に名前を印せる「はる、しるし」で準グランプリを受賞した富岡啓祐さんに、アイデアの源やこだわりなど制作の背景についてうかがいました。

―― SNDCに応募されたのは初めてだそうですが、何かきっかけがあったのでしょうか?

 友人から、このコンペに応募したいから、プレゼンシートの書き方や効果的な伝え方などをアドバイスしてくれないか、と言われたのが発端です。SNDCの存在は知っていたのですが、詳しい内容を知らなかったので、まず自分が理解して、応募者の立場になって考え、取り組んでみないと、的確なアドバイスはできないと思ったんです。

―― 『「  」を表すしるし』というテーマは、どのように掘り下げていきましたか?

 まず、“判子ってなんだろう”と考えました。婚姻届とかの大事な場面で押したり、はたまた荷物を受け取る時に押すなぁ、と。そんなことを考えていると、判子というのは自分の名前であって、名前をしるす時というのは、出来事や人、物と出会う時だなと思えたのです。なので、カギカッコには「出会い」を入れ、『「出会い」を表すしるし』を自分のテーマにしました。ちなみに、作品名の「はる、しるし」の「はる」は、「貼る」だけでなく、出会いの季節の「春」にも掛けていたんです。

―― 詩的で美しいですね。作品のアイデアはどのようにして生まれたのですか?

 デジタルの進化などによって、判子の存在がどんどん希薄になっている中で、その存在を、もっと軽くしてしまったらどうだろうと考えました。シールのような遊び感覚でペタペタと貼れれば、押す行為よりも手軽な感じになるのかなと。そこで、目の前にあった付箋を、判子ぐらいの長さに全部重ねて円柱形に削ってみたんです。色は5色の縞々だったのですが、提案した模型とほとんど同じ形に出来上がり、それが可愛らしく見えた。柔らかくて、紙が幾重にもレイヤーになっていて、そこに富岡、富岡、富岡、富岡……と金太郎飴のように名前があったら、と想像することも楽しかったですし、モノとしても手軽なおもちゃのような感覚で、愛着が湧く気がしたんです。
 その試作は、アドバイスが欲しいと言っていた友人に会う時に見せるつもりでつくったものなんです。言葉で言うより、軽い感じで、でも納得感があるように伝えたかったので、このプニプニした付箋を見たら、気楽にアイデアを考えられるんじゃないかなと。こんな身近なものから発想しちゃっていいんだよというヒントになればいいなという思いでつくったんですが、やってみたら本当に楽しかった(笑)。

―― 難しかったところやこだわったところがあれば教えてください。

 模型をつくる時、紙を重ねていくだけだと、円柱の側面がどうしてもきれいにならないんです。どんなにきちんと重ねても、側面がギザギザになってしまう。模型を作るための手法をよく知らなかったこともあり、ひたすら紙ヤスリで円柱の側面を削って形を整えました。
接着面は、貼って剥がせる糊を5、6種類ほど買っていろいろ試しました。付箋というものが実際どのようにできているかを、改めてよく見ることをもしました。すると、糊も素晴らしいし、糊がない紙の部分の塗工もすごく精密で、文字を書くほうに糊をつけてみようとしたら、全然つかないんです。身近な製品というのは普段気が付かないけれど本当によく考えられて作られているのだなと思いました。
 話はそれるのですが、僕が昔から“これぞデザイン”だと思っているのが、レストランなどで見る紙ナプキンなんです。上部をぴったり重ねずに少しずらして折ることで、多分コストも何も変えていないのに、視覚的にも触感的にも、ここから取るべきだということがわかる。そういう身近で一見大したことに思えない物が、実は本当にすごいんだなということを、改めて感じることができました。

―― 普段は広告デザインなどのお仕事をされているそうですが、そのせいか作品の展示の仕方に広告的なコミュニケーション力を感じました。ご自身ではどんなところに留意されましたか?

 本審査のプレゼンテーションの場には自分はいないので、作品を見た方がその意図をパッと一瞬でわかるようにしなければいけないと思いました。それには、一つの模型をただ1つポンと置いても理解をしてもらうまでに時間がかかると思ったのです。シールが減っていく過程を大、中、小の長さと最後の1枚で表現し、手に取ったボリューム感の違いなども感じ取れるようにしました。円柱の中には1枚1枚全部同じ名前が書いてあるんだなと、見えないところも想像してもらう必要があったので、名前は少なくとも3種類は必要だなとか。そうやって伝えたいことの方向性を定め、瞬間的に伝えるためにどうすればいいかを考えました。

―― 初めてのSNDCはいかがでしたか?

 ものごとを考えること。そんな感覚は、私にとってすごく楽しいものでした。新鮮な、新しい楽しさを手にしちゃったという感じです。自分はプロダクトデザイナーではないので、気軽だからこそ楽しめた。こんな素敵な機会を知れた。そういう感覚は、自分にとって他にはない大切な体験でした。グラフィックデザインもプロダクトデザインも、伝えるということに関しては同じだと思うんです。ただ手法が違うだけで。この体験は自分の仕事に、そして新しい楽しさに大きなプラスになると思います。

Profile
富岡啓祐(とみおか・けいすけ)
グラフィックデザイナー

構成:杉瀬由希 撮影:稲葉真(上から3,4枚目を除く)