――コンペのテーマは「しるしの価値」ですが、「しるし(印)」「しるす(印す)」ということについて、原さんはどう捉えていらっしゃいますか?

 

ハンコとか印章というと古めかしく感じますが、「朱で印す」というのは歴史的なビッグアイデアだと思うのです。今の時代は色をふんだんに使うことができますが、色の氾濫はノイズを生み出し、環境を濁らせていくことでもあります。白い紙の上に墨で文字を書いたり、黒いインクで文字を印刷する、つまり、情報をひとまずモノトーンの状態で完結させておいて、大事なポイントや重要な承認事項を、赤や朱で際立たせるというのは、とても合理的な情報処理のかたちであったと思います。白い紙の上に黒い墨で書いたり、黒いインクを刷ったりというのは、不可逆で取り返しのつかないことですから、それを達成するにはいつも程よい緊張が伴います。その達成を、成就させ、保証するものとして朱で印を押す。これはとても素敵なことです。これを古い習慣と単純に片付けないで、それを育んできた感受性を反芻してみるのも面白いのではないでしょうか。

 

――このコンペの開催は前回開催の2008年より10年ぶりの開催となりますが、この10年間で社会及びデザインはどう変化したと思いますか?

 

スマートフォンの出現と普及進化によって、世界がガラリと変わってしまったと思います。電卓やカメラ、録音機や、ダイアリー、もちろん電話もメールも、全てここに吸収されてしまったという感じがあります。一方で、アナログな文房具、たとえば万年筆やハサミ、シャープペンシルや出来のいいノートなどは、むしろしっかり残って、品質の良い、使い心地の良いのものが好まれているように感じます。そういう時代の変化を経て、再びこのコンペに呼び戻されたのは、不思議な感じがします。

 

――新しいコンペ及び応募者に期待することを教えてください。

 

審査員に中村勇吾さんが加わりました。応募者はおそらく審査員をどう籠絡しようかとアイデアを考えると思いますから、デジタル表現領域の第一人者が加わったことの意義は大きいと思います。今回、一次審査をネットで審査するのは効率が悪いと、最初に明快に言われたのは中村さんです。クリックして一つずつ情報を見ては閉じ、また新しいデータをクリックして開いて、というのは実際、効率が悪い。紙のファイルの方が断然効率がいいわけですね。また、従来の審査員も、この十年にどれだけ「成長」できたか、その変化を、審査を通して確認し合うのも楽しみです。応募される方も、おそらく大半は、かつてのコンペを知らない方々でしょうから、従来の傾向にとらわれない、新時代の着想に期待したいです。

 

撮影: 筒井義昭