第11回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション(以下SNDC)の受賞作品11点が決定し、10月12日に銀座蔦屋書店GINZA ATRIUMで表彰式が開催された。そこで行われた、審査員の喜多俊之、後藤陽次郎、中村勇吾、原研哉、深澤直人、および特別審査員の岩渕貞哉の6氏によるトークショーの内容を紹介する。進行は、このコンペを主催した一般社団法人未来ものづくり振興会代表理事でシヤチハタ株式会社代表取締役社長の舟橋正剛が務めた。

 


トークショーの様子。特注の円形スクリーンに登壇シーンが投影された。

 

舟橋審査員は10年前と同様に、喜多さん、後藤さん、原さん、深澤さん、そして今回、新たに中村さんに加わっていただきました。いずれも日本のデザイン界を代表する方々であり、今日はその皆さんが一堂に会した貴重な機会ですので、ぜひお一人ずつ、今回のコンペの感想をうかがいたいと思います。では、喜多さんからお願いいたします。

 

喜多まずは受賞者の皆さん、おめでとうございます。受賞された作品はどれもそれぞれに素晴らしかったと思います。特にグランプリの作品は、まさに時代を象徴するようなアイデアで、世界に普及していきそうな気がします。応募作品全体としては、やはり時代を意識した作品が多かったなという印象です。「しるし」というのは「気持ち」なんですね。「心のしるし」と言ってもいいかもしれません。それをあらためて実感したコンペでした。

 


喜多俊之

 

後藤物があふれている時代なので、面白いアイデアがどれだけ出てくるのか懸念していましたが、まだまだ面白いものはできるんだなと感心しました。僕らのようにデザインをしたり、取り扱ったりする者からすると、新しいものを見るのはわくわくすることなんですが、文字通りわくわくするものを見ることができて楽しかったですね。このSNDCが、アナログの良さと共にデジタルの未来に向けての可能性も取り入れた、コンペになるといいなと思います。

 

中村僕は初めて参加させていただいたんですが、最初は正直なところ、テーマの幅が狭いかなと思っていたんです。しるしとは言っても、つまりはハンコだし、ハンコでそんなに案がでるかなぁと(笑)。ところが蓋を開けてみると全然違った。対象が限定されていることがいい方向に作用し、お題が限定されているからこその多彩なアイデアや、今の時代が映し出されるようなアイデアもあり、非常に面白かったですね。

 


左から後藤陽次郎、中村勇吾

 

10年ぶりに審査員の皆さんと再会できて感無量です(笑)。中村さんの参入は、応募される方々へのメッセージとしては大きかったのではないかと思います。10年前までのSNDCは、シヤチハタというハンコの会社をもう少し幅広い領域に拡張していきたいという意図がありましたが、10年経ってあらためてハンコというものを考えてみると、赤い色を使って書いたものをしるすというのは歴史的ビッグアイデアなんじゃないかと。そこにぐっと狭めて焦点を絞ったほうが、むしろデザインとして面白いものが出てくるのではないかということで、テーマを「しるしの価値」としました。結果として、本当に興味深いアイデアがたくさん出たと思います。しるしには、例えば感謝のしるしや思い出のしるし、お別れのしるしなど、いろいろあると思うので、テーマの設定の仕方次第でもっと掘り下げられる気がします。針の穴のような小さいところから、どれだけ広い世界を見ることができるか。それがSNDCの面白さだと思います。

 

深澤デザイナーという仕事柄、お題を与えられると頭が回転してしまい、審査員という立場を忘れて一緒にしるしについて考えていたので疲れました(笑)。同時に、皆さんのアイデアがどれもよくて、ちょっとやられたなという感じもあります。今回、しるしの価値はまだまだつくれると希望が持てたので、次回にも期待したいと思いますし、このコンペを続けていくこと自体も時代にしるしをつけるひとつの方法なのかなという気がします。

 

岩渕僕は、アートのコンペには携わることが多いんですが、デザインのコンペはなかなかないので、とても新鮮な気持ちでした。作品を見て感じたのは、デザインのコンペは、アイデアだけでなく、プロダクトに落としていく時のディテールが非常に重要だなということ。受賞作はその点も評価されたものが多かったと思います。今回デジタル関連の作品もたくさんありましたし、複数名のチームで応募された方もいましたが、今後はプロダクトデザインとデジタルの部分をそれぞれ得意な人がチームになって手掛けるような参加の仕方が増えていくと、さらに広がりのあるアイデアが出てくると思うので、ぜひそうなって欲しいですね。

 


左から原研哉、深澤直人、岩渕貞哉

 

舟橋ありがとうございました。シヤチハタとしてもハンコに留まらず、印章から認証プラットフォームへ、少しずつ事業の柱を移動させていかなければいけない時期に来ていると思いますので、そのヒントを今回の作品からたくさんいただきました。では、これから応募される方やシヤチハタについて期待されること、あるいはそれ以外でもメッセージなどありましたら、ぜひ聞かせてください。

 

しるしというのはアイデンティティ、つまり「私」ということですよね。その一方で「私たち」もあって、デザインというのは「私の中にある私たち」を常に探しているところがあるんですよ。自分がいいと思ったことの中に、みんなのいいが含まれている。それに気付いているということが大事なんです。僕は今年還暦なんですが、60にもなると、ああ、私もそんなに長くないなと思うんですよ。段々「私」は終わっていく。でも「私たち」と考えると、生は連綿と続いていて、「私」はその中にいる。「私」ということを言うのはもしかしたら人間だけで、人類は「私」ということを少し言い過ぎてきたかなという気がするんです。動物とか植物は、ひょっとすると「私たち」という主語で生きているのかもしれないと。だからといって人間も「私たち」を主語にしましょうというわけではないんですが、そういうか細い宿命を負った「私」というものを刻印することの儚さも感じるんですね。しるしということは、儚い私と向き合うことなんじゃないか。そんなことを漠然と考えました。

 


原研哉

 

中村今の原さんのお話、感銘を受けました。今後、今回の受賞者がディフェンディングチャンピオンとしてV2、V3を目指していくというのもありだと思いますし、SNDCが息の長いコンペになればいいなと思います。

 

喜多ハンコという東洋の歴史のあるこの文化が西洋社会に普及すると面白いと思うので、ぜひシヤチハタが先頭を切って、世界へ広めて欲しいと思います。

 

舟橋皆さん、どうもありがとうございました。

 


左から舟橋正剛、喜多俊之

 

執筆:杉瀬由希 撮影:池ノ谷侑花(ゆかい)