水彩画のような滲んだ彩りが美しい印肉の提案「わたしのいろ」でグランプリを受賞した歌代悟さんに、アイデアの源や開発の背景についてお話を伺いました。

――まず、SNDCに応募しようと思った動機は何だったのでしょうか?

学生時代、プロダクトを専攻していたので、当時からプロダクト系のいろいろなコンペに出品していました。その中でもSNDCは、審査員の皆さんが憧れの方々で、レベルも高く、自分にとっては他のコンペとは一線を画した存在だったので、このコンペで受賞したいとずっと思っていました。これまでに他のコンペでは何度か賞をいただいたことがあるんですが、SNDCは一度も入賞したことがなかったので、10年のブランクの間に自分も経験を積み、こうしてまた挑戦して受賞できたことは感慨深いです。

――「わたしのいろ」は、朱肉の固定概念を一変する作品ですね。どこから着想を得たのですか?

印鑑は日本特有の文化なので、今後人口の減少と共にプロダクトとしては売り上げが減っていくでしょうし、そもそも一家に1本あれば事足りてしまうものに対して、押しやすいなど物理的な機能で価値をつけても、日々の生活の中ではインパクトがないんじゃないかと思ったんです。買いたいとか押したいとか、そう思うためには何か機能とは違う価値を付加しないと、「これからのしるし」という意味では廃れて行ってしまうんじゃないか、と。そこで2軸として考えたのが、セキュリティを向上するか、もしくは感覚的な価値に振り切るか。セキュリティの向上は、考えれば考えるほどデジタル技術やシステムが深く関わってくることから複雑になってしまい行き詰った感があったのですが、セキュリティの向上=「二度と同じものが押せない」というのがひとつのキーワードになるなと思ったんです。それを、もうひとつの軸である感覚的な側面からも模索していき、多彩色のグラデーションの印肉というアイデアにたどりつきました。

――審査会場では作品の美しさ、完成度の高さも目を引きました。制作上の工夫や、どんなアプローチをしたのか教えてください。

まずシヤチハタの朱肉を沢山買い、表面の質感を確認したり、中を取り出してスポンジの構造を調べたりしました。思ったより複雑な構造で、よく考えられているんだなと勉強になりました。模型のスポンジ部分は、低反発性のポリエチレンフォームを使っています。普段、仕事でプロモーション空間のデザインを手がけている関係上、そういう建材をよく使うので、硬さや密度が異なるウレタンやポリエチレンなど思いつくものを何種類か試しました。その中から、断面がきれいにカットできて、真ん中が少し盛り上がるよう湾曲させやすいという点で、一番フィットしたものを選びました。
着色素材もいろいろなインクで実験したんですが、なかなか水彩のようなきれいな滲みはできなくて、最終的には印刷で表現しました。立体物に印刷できる会社を同僚に紹介してもらい、そこに相談して協力していただきました。

――グランプリ受賞の反響はありましたか?

想像以上に大きかったですね。協力してくれた人たちはもちろん、会社の仲間も喜んでくれて、自社のプレスリリースに載せていただいたので、たくさんの人から声をかけてもらいました。特に嬉しかったのは、学生時代に一緒にコンペに出していた友人や、しばらく会えていなかった人たちからも「おめでとう!」という連絡をもらって、交友が復活したこと。大学時代の友人はプロダクト系の仕事をしている人が多いので、中には応募したという人もいて、やっぱりこのコンペは注目度が高いんだなと思いました。そのコンペで受賞できたことは、自分にとってターニングポイントになると思っています。

――これからSNDCに応募を考えている人に、アドバイスがあればお願いします。

過去に落選した作品も含めて自分の経験を踏まえると、このコンペはターゲットを自由に設定できるので、あれこれ複雑に考えるよりも、自分が欲しいと思うかどうかが重要な気がします。通常、自分のデザインの良し悪しを判断するのは主観が入って難しいのですが、自分自身をターゲットと捉えた際には、その主観も含めて本当にそれがあったら買いたいか、というところに立ち戻って考えることができると思います。僕が従事しているイベントの空間デザインの仕事は、ターゲットの感情が動き高まる瞬間をどう創出するか、という命題があります。その空間に入った時、どこで写真を撮りたいと思うかだったり、どこに共感するかだったり、機能だけでなく、いかにそのターゲットの主観に入り込んで考えられるかが大切です。だから同じようにコンペでも、自分だったら欲しいと思うか、ということを意識するのが一番いいんじゃないかなと思います。

 

Profile
歌代 悟 (うたしろ・さとる)
アートディレクター・空間デザイナー
1985 年生まれ/東京都在住

 

執筆:杉瀬由希 撮影:稲葉真