10月11日、赤坂ガーデンシティにおいて、第12回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション(以下SNDC)の表彰式が開催された。このコンペを主催した一般社団法人未来ものづくり振興会代表理事でシヤチハタ株式会社代表取締役社長の舟橋正剛による進行のもと、審査員の後藤陽次郎、中村勇吾、原研哉、深澤直人、および特別審査員の岩渕貞哉の5氏が語った講評やコンペの感想を紹介する。

 

ベクトル-スタジオで行われたトークショーの様子

 

舟橋本日は喜多さんが交通事情により欠席されておりますが、審査員の皆さんには大変長い時間をかけて審査をしていただきました。その過程でいろいろ感じられたこともあると思いますので、そうしたことも含め、総評や各受賞作品についてのご感想をお一人ずつ頂戴したいと思います。ではまず後藤さん、いかがでしたでしょうか。

 

後藤「しるし」というテーマは、非常にわかりやすい一方で、狭い捉え方になってしまいがちですが、皆さん自由な発想で取り組んでいただいたと思います。特に最終審査に残った作品はさすがにユニークで、アイデアも素晴らしいものが多かったですね。全体の印象としては、日本の文化でありながら国際的な感覚にも通じる提案が多く、グローバルな視点で考えると、まだまだ開発の余地があるのかなと思いました。
グランプリの「わたしのいろ」は、ハンコといえば朱色の印肉という既成概念を打ち破った作品で、これで押すと一つとして同じものはできない。それが個性になり、自分だけのしるしが色で表現されるという発想に、大変明るさを感じました。準グランプリの「JITSU-IN」は、私もサインのハンコがあればいいなと思っていたので、これが簡単にできるようになれば国際的なマーケットになっていくのではないかと期待しています。「Shachihata PAPER」は、まさに意外性。朱に染めた紙の色でしるしを表すという発想は、非常に新鮮でした。
私は「プレーン、シンプル、ユースフル」をデザインの基準としていますが、最近はアート感覚やユーモアを求める人が増えているように思います。そういう意味では、後藤賞の「アニマル・ポン」は、親子や夫婦間ではもちろん、宅配便の配達員に労いや感謝の気持ちを込めて押しても楽しいでしょうし、暮らしの中に笑いをもたらすところがいい。世代を超えて支持されると思います。

 

後藤陽次郎
 

中村このコンペは、「ハンコ」ではなく「しるし」という言葉を使ってテーマを設定しているので、そこをどう解釈してプロダクトに落とすかが見どころだと思っています。中村賞に選んだ「Life Mark」は、しるし自体のデザインというよりは、新しくしるしを置くべきところを探し当てたという提案です。妊娠検査薬を見る時、そこにハートマークがひとつあるだけで、新しい命が芽生えた瞬間をよりポジティブに捉えることができる。その着眼点が面白いと思いました。
もうひとつ、しるしの捉え方として面白かったのは「Shachihata PAPER」。審査の時、会場の白い部屋の中にドカンとA4の赤い塊があるのが、空間の中で印鑑がポンと生まれる瞬間のように見えて、ずっと気になっていたんです。で、「何となく気になる」と言ったら、他の審査員も「何となく気になる」と(笑)。じわじわ順位が上がっていきました。

 

左から後藤陽次郎、中村勇吾、原研哉
 

舟橋「Shachihata PAPER」の制作者は、去年、特別審査員賞を受賞された3Dの「印影」をご提案くださった方で、既にシヤチハタの商品としてリリースしております。

 

中村システム絡みの作品は絵に描いた餅のような提案が多かったんですが、もうひとつの準グランプリ作品「JITSU-IN」は、今ある仕組みを活かしてすぐに実現しそうなリアリティがありました。「わたしのいろ」は、見た瞬間、グランプリっぽいなと(笑)。ハンコのデザインではないけれど、いろんな色のハンコを押す時の一回性、自分の一回限りを押すという行為を想起させるところが見事だと思いました。

 

中村勇吾
 

SNDCは、文房具ではなく、あえて「しるし」にフォーカスを当てているところが面白い点だと思います。デザインはイノベイティブなものが評価されますが、もうひとつ、オーセンティシティも重要です。昔からあってこれからも変わらないものの価値も大切にしながら、両方のバランスを図っていく。難しいことですが、そこを掘り下げようというのがこのコンペで、膨大な作品数の審査に苦労しつつも最後はとても楽しい時間を過ごすことができました。
「Shachihata PAPER」はびっくりしましたね。印泥の調合というのは、うっかり指が触れるとそのまま指紋がついてしまったりするので、ハラハラするようなスリリングな感じがあるんです。その、人の心を掴んでやまない朱の塊を、プロダクトにしたところが素晴らしい。手紙の1枚目に文章を書いて、2枚目に何も書いていないこの紙を添えたら、文章以上の切実な感情を表し伝えることができるだろうし、そういう意味ではまさにしるすという瞬間をデザインしていると思いました。
原賞の「Kamoline」は、個人名のハンコは自分の名前のものしか使えませんが、家紋なら好きなものを選べ、外国人が日本土産に友達の数だけ買って帰る可能性もある。1対1というこれまでのハンコと人との関係性を変えていく発想が面白いと思いました。
グランプリの「わたしのいろ」は、ハンコを押すときめきをいろんな色で表現できるところと、出来栄えがよかった。想像以上に色が鮮やかに出て、自分でもこれはほしいと思いました。

 

原研哉
 

深澤「シヤチハタ」はもはや社名にとどまらず、モノの名称になっていて、印鑑やハンコとは別のモノとして生活に存在しています。SNDCはそのシヤチハタが行うコンペであり、入賞した方々の作品は、シヤチハタというフィルターをきちんと通しているなと感じました。ハンコを押すことの厳粛な感じは印の重要な行為ですが、シヤチハタはそれとは逆で、手軽にスッと押せるという行為を考えた。グランプリと準グランプリの3作品は、その行為の中に自然になじんでいく感じがしました。特にグランプリの「わたしのいろ」は、行為のスリップを起こすところが面白いなと。行為のスリップとは、緑色を押そうと思っていたのに、あ、違う色のほうに手が行っちゃったとか、決意した瞬間にそれを裏切るように手が動くことを言うんですが、それを引き起こすのは巧みなことだなと思いました。
「Shachihata PAPER」は、シンボルとして強く、意味が深い。紙なんだけど非常に厳粛な感じがして、アートとしても素晴らしいと思いました。
深澤賞に選んだ「シヤチハタくん」は、シヤチハタが印鑑ともハンコともいえないモノとして存在している以上、こういう存在があっていいなと。顔の表情やカタチ、押した感じなど、どこにも破綻がなく、これまでなかったものに顔をつけたところを評価しました。
シヤチハタは個人印以外に、銀行や郵便局など公共施設でもたくさん使われているので、今後はそこまで広げていくと、さらにいろいろなことが考えられるのではないかなという気がします。

 

深澤直人
 

岩渕全体の傾向としては、現在の訪日外国人が増えている状況を踏まえて、海外の人からの視線や外国文化との融合を意識されているなと感じました。準グランプリの「JITSU-IN」、特別審査員賞の「印ボッサー」「ジャパニーズギフト シヤチハタ」などに、それが象徴されているように思います。外からの視線を意識することは、日本の文化や印鑑の歴史の核心を掘り下げる機会にもなりますよね。その点を追求したのが、「Kamoline」や「Shachihata PAPER」。「アナログなAR判子」「シヤチハタくん」「JITSU-IN」は、現在のネットワーク環境をうまく活用したアイデアです。なかでも準グランプリの「JITSU-IN」は、カスタマイズによる発注がストレスなく楽しく実現できているところが高い評価につながりました。
グランプリの「わたしのいろ」は、今述べた傾向とは少し異なっています。応募作には印鑑の名前以外の付加的なメッセージを伝える一工夫を凝らした作品は多いのですが、文字を書き足すなど記号的な表現になりがちです。それを、この作品はカラフルでマーブルな色という提案をしている。どうしても固くなってしまいがちな印鑑のイメージに感覚や感性の要素を取り入れ、これまでの印鑑の使い方を超えていくような表現になっており、今の時代感覚に合いながら普遍性もあって、グランプリにふさわしいものだと思います。また、特別審査員賞の「印ボッサー」は僕が推しました。最初は、エンボスは視認性の面で難しいと予想しましたが、実際に押してみたらすごくきれいだった。モノとしての完成度が高かったことも推薦の決め手となりました。
最後に、今回は受賞者が全員男性でしたが、今後、女性の受賞者が増えて、女性の感性もすくい上げていけるようになると、賞にもより広がりが生まれていくのかなと感じました。

 

舟橋審査員の皆さん、ありがとうございました。なお本日ご欠席の喜多さんからもコメントを頂戴しておりますのでご紹介します。
「今回も多くの素敵なアイデアが応募されました。“しるし”の実用性は、太古の昔からある人間社会の大切な約束事でもあります。現代になって急速にハイテクノロジーが加わり、“しるし”は東洋から西洋社会にも使用されそうな気がいたします。グランプリの「わたしのいろ」は、朱色から多色へといった時代性と実用性への提案、試作品を前に一目で色彩の力に新鮮さを感じました。準グランプリの「JITSU-IN」は次世代の“しるし”への提案です。
審査の時間が経つほどに、作品がくっきりと見え始め、結果が出るといったコンペ審査で、“しるし”は形や大きさというより意味と実用性に、そして思いが込められている、そこに新時代のイノベーションが加わるといったデザインの可能性が見えます。喜多賞の『アナログなAR判子』につきましては、ごく普通の印鑑がスマホ合体することで、驚くべき多くの情報と可能性が得られ、情報や写真データも内蔵する、凄いアナログのAR印鑑になるという落としどころがナイスデザインで、判子の次なる可能性へのチャレンジでもあると思いました」。以上、喜多さんからのお言葉でした。
今回も非常にバラエティに富んで面白い作品がたくさんあり、大変ありがたく思っています。人口の減少に伴いスタンプ周辺のモノを使う人も減る中で、シヤチハタとしてはこだわりやオリジナリティがあるものプッシュしていきたいと思っており、グランプリの「わたしのいろ」は、印肉は朱色という概念を外すという意味では素晴らしい提案だったと思います。また、これからはインバウンドを含め、さまざまなプレゼント需要にも対応していきたいと考えていますので、「ジャパニーズギフト シヤチハタ」は非常に興味のある提案でした。
「シヤチハタのしるし」というと、ハンコや朱肉をイメージされると思いますが、我々はハンコに限らず、もっと壮大に、例えば各人自分のマークを持つことが共通の世界になればいいとさえ思っています。今後も皆さんのアイデアに大いに期待しておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

左から岩渕貞哉、舟橋正剛
 

執筆:杉瀬由希 撮影:稲葉真