2022年10月14日、第15回SNDCの授賞式が開催された。今回はこの授賞式の後半で行われた、原 研哉氏、中村勇吾氏、三澤 遥氏、そして舟橋正剛氏の審査員4名(深澤直人氏は欠席)によるクロストークをレポートをする。モデレーターは、第15回SNDCのコピーライティングや記事等を担当している、デザインライターの角尾舞が担当した。
表彰式後のクロストークの様子
――皆さま、このたびは改めて受賞おめでとうございます。まず舟橋さんより、全体に対するコメントをいただけますか。
舟橋グランプリも非常にユニークでしたし、今年も非常に面白く審査させていてだきました。
――では同じく原さん、お願いいたします。
まずウェブサイトなどに載る総評に「審査員が賞を作っている」というような、読み方によってはすごく偉そうなことが書いてあってすみません。この意味はですね、審査員は賞を決めるときに、ものすごく議論するんですよ。今年の議論で面白かったのは、グランプリの黄鴨印(あひるいん)です。「田中」って押すい時にぱふっと鳴ると、脱力感がある。これどうなのよ?って話になるんだけれど、こういう押印態度があっても良いのかな、と議論が白熱してくる。審査員賞があるので、それぞれ推しがあるんですけれど、黄鴨印はどちらかというと、はじめ中村勇吾さんが推されました。だんだんみんな説得されてきて「グランプリはこういうことかな」みたいな、審査員の解釈と応募した人のベクトルが相まって、賞が決まっていく。そういうところがありますね。そこがシヤチハタのコンペの面白いところだと思います。だからつまり、審査員も賞の責任を取らないといけないという意味でした。一生懸命審査をさせていただきました。
――今回、三澤さんは初めて審査員として参加されましたが、いかがでしたか?
三澤私自身が出したこともないのに生意気なんですけれど、全体的に結構おとなしめな印象は持ちました。もちろん実現に向けて作られた素晴らしいものが沢山ある反面、印鑑やスタンプから逸脱した「らしからぬハンコ」のようなものが見たかった気持ちもあります。「しるし」という広いテーマなので、もっと次年度は広がりがあってもいいかなと思いました。
舟橋そうなんですよね。スタンプやハンコだけを見ているのではなくて、シヤチハタの事業を広げてようと思っている部分もあるのですが、シヤチハタとつくと、どうしてもスタンプのイメージが強いですよね。もう少し幅広い「しるし」をご提案いただけるように、テーマも含めて考えていきたいと思っています。
――では、中村さんに総評をお願いしても良いですか?
中村僕は今年の作品は、結構良いなと思っていました。ハンコとして欲しいものが結構多くて、ついずっと押し続けちゃうとか、モノとして魅力があるものとかが単純に多くて。5年くらい前、最初に審査員をさせてもらった時には「印鑑で広がるのかな」って思っていましたが、「ハンコ大喜利」っていうんですかね、ハンコのコミュニケーションのなかで新しいデザインの視点を表現するような、制約のなかでいろいろなアイデアが出て、毎年面白く見ています。そんな大喜利もだんだん煮詰まってきたときに、ひょっと現れた黄鴨印が、「あ!この方向もあったか」と。こういうチープなものと上品なものの境界線にあるものが新鮮に見えた瞬間があって、ついつい推薦したら、あれよあれよとグランプリまでいっちゃったという感じでした。
左から原研哉、中村勇吾、三澤遥
――本日、深澤さんがご欠席なのですが、コメントをいただいておりますので、代読いたします。
「この度は、シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティションを受賞した皆さんおめでとうございます。(中略)皆様の努力と栄冠は、日本のデザインをより高い質に高める上で重要で、このコンペの価値もやがて世界に広がっていくと信じています。私たちはデザインの力で世界をより良い方向に導いていかなければいけません。このコンペに参加いただいた全ての皆様の努力と真摯な姿勢に感謝いたします」。
では次に、それぞれの作品についてコメントをいただきたいと思います。まず三澤さんの審査員賞からお願いします。

三澤私は「文具と共存する印鑑」を選びました。自分なりに「枠を超えたもの」を評価しようと決めて審査に臨んだのですが、印鑑がただ長く伸びるだけで、コップや器に印鑑を入れるさまや、人間が印鑑を取るという行動が変わることや、印鑑の居場所によって人との接点が変わるという気付きにグッときて、選びました。
――「文具と共存する印鑑」とグランプリの「黄鴨印」は押印行為をカジュアルにするような、格式高いものから日々使えるものにするというアプローチでしたが、深澤さんが選んだ審査員賞の「つまめるはんこ」については、ピシッと押せることに対する姿勢、ある意味では真逆の方向で評価されたのかなと思います。
左から、角尾舞、舟橋正剛
――では次に、原さんが選ばれた審査員賞の「ごめんなサイン」について伺えますか。原さん、謝る機会が沢山あるという話を審査会でされていましたが……。
僕がスマイソン(注:英国の高級文具メーカー)のステーショナリーを使うときは、いつも「ごめんなさい」ばかり書いていて「どうもスマイソン」なんて言われますね。すみません、ダジャレです。今回の「ごめんなサイン」は本当のごめんなさいには使えないですよね。でも、通常のごめんなさいには、何かが含まれています。相手に甘えている感じが、3%くらいとか。そんなところに、普段のコミュニケーションの優しさがあるような気がします。だからお詫びというよりも、伝わること、つながることの度合いが示されていると思いました。僕はこれを「原」で欲しいです。ごめんなさいによって、色んな人と繋がり直せる感じがして、素敵だなと思いました。
舟橋訂正印って形式的なんですよね。線を引く時も定規を使って、その上に訂正印を押すしますが、「ごめんなサイン」の方が心が伝わりますよね。公式じゃない場合には、こういうのもありだなと思いました。
――では、中村さんの審査員賞についてはいかがでしょうか?
中村僕、ECサイトで買いまくりおじさんなんですね。ストレスが溜まった時に、どうでも良いものを買うと。そうすると、宅配便がバンバカ届くんですよね。コロナになって宅配便がすごく増えて、店頭でのコミュニケーションよりも、送られてきた段ボールとコミュニケーションをする機会が増えてきて、そのなかでこういうテープは「こころを感じるしるし」というテーマにはまっているなと素直に思いました。デザインもちょうど良いですし、既にある技術の応用で実現可能なので、とても良いデザイン案だと思います。
――では舟橋さんが選んだ「ファーストハンコプロジェクト」についてもぜひ。
舟橋「ファーストハンコプロジェクト」、これは卒業記念で初めてのハンコが記念に残るとともに、シヤチハタの工場見学をジョイントさせるプロジェクトです。実はシヤチハタの印影は、どんなデザインでもできます。手書きでもなんでもできるんですが、発売して60年経っても伝わり切っていないんですよね。だから自分の描いたものがスタンプになるんだという感動と、工場見学をしてもらうことで、シヤチハタというブランドの付加価値が若年層から高まるという意味で非常に価値があります。大変有難いなと、飛びつきました。
本当にやったら面白いと思いますよ。小学生くらいの子どもが、自分の名前を書いて、それが印という形になって、赤い朱肉でばっと押された瞬間、子どもは衝撃を受けると思います。その衝撃がハンコの意味だと思います。そういう意味では「ファーストハンコプロジェクト」は新しい感動を生み出す装置としてなかなか良いですよね。
――続いて、準グランプリの作品です。まず「ヤバ印」についてお願いします。
僕はこの「ヤバ印」が好きなんですよね。ヤバいって言葉は「超素晴らしい」から「本当にまずいぜ」っていう意味まで色々ありますよね。この作品は「ヤバい」のバリエーションでその違いを表しているのが、アートみたいだと思いました。印を押すことの面白さというか、新しい意味を見つけたという素敵さがあるなと思って感心しました。
中村インターネットカルチャーの面白さもあるかなと思いました。(笑)や絵文字を語尾につけるような、SNSやLINEで皆がパパってやるような慣れ親しんだ行為を、クラシカルな機構のモノに落とし込んでわざわざやるっていうギャップが面白いですね。
――もう一つの準グランプリ作品である「K=5%」は一次審査の段階からものすごく高評価だったようです。
三澤そうですね。正直なところ、議論がすごく盛り上がってきたときに、まだ自分は「ん?」って思っていたんです。でも舟橋さんや原さんが押した姿を見た時に、そのギャップというか、すごく面白い光景があったので、こういう方がこういうハンコを持って押すといいなと思いました。
中村実際にどういうつもりで作られたかは分からないですよね。
――グランプリのお二人から、どういうコンセプトでデザインされたのか伺っても良いですか?
「こころを感じるしるし」には、視覚だけでなく、触覚と聴覚も含まれていないといけないと思いました。印鑑を通して、幼い頃の心の中の跡、「しるし」を呼び起こせるものは何かと考えました。外形や感触、そういったものを総合して、とても厳かな気持ちであっても、この印鑑を押すことによって、こどもの頃の心を呼び起こして欲しいという気持ちから設計しました。
私は自分の心の中に残っている印象から探りました。印鑑を押すときの視覚的なデザインによって、子どもの頃の記憶を呼び起こせるもの、が出発点です。
グランプリ受賞者(繆景怡 Miao Jingyi/邹 冱 Zou Hu チーム名:MZ Design)
意外と真面目なコメントでしたね。もっと「こんなのどう?」みたいなノリかなと思ったんですけども、子どもの時の記憶という真っ当な話でした。この作品のフォルムは、写真を撮っても綺麗ですよね。フワッとした形で。くちばしとかついていたら、だめだったと思いますよ。僕らにはセルロイドっていう柔らかいプラスチックのお風呂で浮かぶような、そういう子どもの頃の思い出があります。確かに触ると、ぱふっていうんですよ。中国のおもちゃにもあったんですね。そういう意味では共通する懐かしさをつまみ出してくれて、全く他とは観点が違います。だからそういう意味でグランプリになったんだと思います。どう思いますか?中村さん。
中村そうですね。本当にグランプリでよかったかは分からないんですけれど。最初僕は「ハンコ大喜利の最終形や!」って思って、中村賞みたいなところに入っていたら面白いなと思って、軽く推してみたら、皆さんが面白さに気づき初めた。デザインした本人の意図通りに僕らが評価しているかは分かりませんが、そのずれも面白いと思いました。
舟橋15回やってきていますと、受賞されるレギュラーメンバーみたいな方もちょこちょこいらっしゃって、インターネットで攻略のコツなどが発信されていたこともあるのですが、今回この作品で傾向が分からなくなった部分もあるなと思っています。
中村やっぱり、賞のトーンって確実にありますね。古くは原さんや深澤さんが作ったものだと思います。余白多めで、写真をポンとおいて、みたいな。やっぱり賞に来るものはそういうスタイルを踏襲したものが多かったですよね。でもそういう枠にと囚われないものがだんだん、いい加減求められているのかなと思います。せっかくなので、受賞者の方も色々喋った方が良いと思います。「K=5%」の堀さんどうでしたか?
「こころを感じる」というテーマから自分達たち考えたのは、逆に「こころを感じないのはどういうところだろう」という部分でした。それで、採用通知書などにはあまり心を感じないかも、というところがインサイトでした。
中村「めくり文様」の田羅さんはどうですか?
田羅僕も近くて、梱包を剥がすのは煩わしい行為だと思うんですが、開封することが楽しかったら良いなと思いました。本来はセキュリティテープという開封済みかどうか分かるために使われるんですけれど。日常の可視化されなかった心が自分のなかにあるかを探したら、「めくり文様」ができました。
――受賞者の皆様も、ありがとうございました。最後に、審査員の方が次に期待することがありましたらお願いします。
三澤初めて審査に参加したので、最初はハンコや印鑑でそんなに広げられるのかなと思っていました。なので今日のはじめに規格外のものについてのお話しもさせていただきましたが、出てきた提案をみたら、まだまだ劇的に変わる方向とか、可能性があるんだろうなと思いました。今年はワクワク、クスクスさせてくれるような年でしたが、来年も変わるんだろうなと。
舟橋「商品化」というケースにいれてしまう限定されてしまいますし、そうじゃないところにもシヤチハタ側からも発信していきたいです。シヤチハタもハンコ以外のことも考えておりまして、こんな事業を始めるの!と言われるようなこともあるので、そういうところを含めて、広がりを持ってテーマを考えたいと思っています。
構成:角尾舞 撮影:小野真太郎