2023年10月13日、第16回SNDCの表彰式が開催された。今回はこの表彰式の後半で行われた、中村勇吾氏、原 研哉氏、深澤直人氏、三澤 遥氏、武井祥平氏、そして舟橋正剛氏の審査員6名によるクロストークをレポートをする。モデレーターは、第16回SNDCのコピーライティングや記事等を担当している、デザインライターの角尾 舞が担当した。
クロストークの様子
――受賞された皆さま、改めておめでとうございます。今年は応募数1287件と過去最多数で、海外からの応募も去年より倍に増えたということです。それでは早速ですが、特別審査員の舟橋社長より順番に、今回のコンペ全体の印象についてお伺いできますか。
舟橋「思いもよらないしるし」というテーマにした理由は、少しハンコから離れたいって思いからでしたが、思いもよらず応募作品はハンコ系が多かったです。ただ受賞作品は本当に思いもよらないものが多くて、デジタルデバイスからケーキのろうそくの提案など、バリエーションに富んだしるしの表現がありました。
中村皆さんの受賞スピーチがすごく面白かったのですが、一人ひとりのお話を聞くと、いろんな形でこの賞を楽しんでいただいているなあという感想を持ちました。コンペって受賞することだけが価値じゃなくて、ある期間なにかについて考え続けるような、そういうことがいい経験になると思うので、ぜひそういう風に使ってもらえると嬉しいです。
左から、角尾舞、舟橋正剛、中村勇吾
コンペの審査というのは、一次審査から膨大な量の作品を見るんです。たとえばグラフィックデザインのコンペだと直感的に判断することも多いのですが、今回のコンペの場合は「思いもよらないしるし」を審査するわけですから。一つ一つの応募作品に対するこちら側の理解がないと、審査も成立しないので、ものすごくエネルギーを使うんですね。 そんな一次審査を通過した作品が最終審査に集まるわけですが、その審査も単純に投票だけではなくて、審査員同士でディスカッションするんですよ。この作品のどこが面白いのか、という見立て合いが起こるわけです。そんなディスカッションをしているうちに、不思議なもので審査員同士の考え方が重なっていって、賞になるんですね。そういう意味では、受賞というのはラッキーでもあるし、相互のクリエーションの結果でもある。もちろん我々のクリエーションは微々たるものですが、毎年そうやって賞が決まるんですよ。そんな大変なスクリーニングを経て、受賞された方には本当におめでとうとお伝えしたいですし、大賞というのもそうできたのだとご理解いただけると、面白いかなと思います。
深澤皆さん、おめでとうございます。このコンペが始まった時から審査員をやってきましたが、非常にレベルが高くなっている印象を受けます。シヤチハタという国民的アイコンともいえる製品を作っている会社で、それを超えた何かを生み出そうという活動も称賛されるべきだと思う。コンペの受賞を通じて、皆さんには創造的な自信を持っていただきたいです。今後生きていくために、重要なエナジーになると思っています。 全体を見て感じたのは、精度の高さです。アイデアとそれを具体化したときのズレがあまりないと思いました。手に取って実際に使ってみることもできる。今後もこの経験を生かしてさらなる良いものを目指していってほしいと思います。コンペは個人とかグループとかで取り組むものですが、デザインは自分たちの力で社会を高めていくところに本来の意味があると思いますので、ぜひ世の中が良い方向に向くような仕事をしていただけると嬉しいです。
左から、原研哉、深澤直人、三澤遥、武井祥平
三澤おめでとうございます。一次審査で見せていただいたものが、二次審査でものの力が加わることで見える鮮やかさが変わったのですが、あくまでビジュアルから入ってくる情報だけでどう理解するかだったものが、今日皆さんの受賞のコメントをお伺いして、ずれてなかったことを確かめられました。しるしは本当にたくさんあって、その些細な情報に反応できるクリエイティブの楽しさみたいなものは、私たちがデザイナーとして普段やっていることでもあると思うのですが、そういうことを今日は皆さんと共鳴できて嬉しく思いました。
――ありがとうございます。では、今年ゲスト審査員として初めて参加いただいた武井さん、いかがでしたでしょうか。
武井皆さん、おめでとうございます。僕自身はデザインの教育を受けてきた者ではなくて、エンジニアリングを勉強してきたのですが、表現という領域がすごく好きで、工学的な立場からクリエイティブな領域と関わりが持てないかなと考えて仕事をしてきました。 最近、表現について考えるなかで「誤読」という言葉が面白いと思っていました。「誤って読み取る」で誤読ですが、何かを見たときに、これを作った理由はこういう考えからなのかなとか、この裏側にこういう意図があるのかなとか、見る人が勝手に想像してしまう。作者の思考とは全然違うこともあるかもしれませんが、そこで人の想像力が働くこと自体が面白い営みです。今回の審査をさせてもらって、多くの応募作品から自然とそういう想像力を掻き立てられて、特に今日受賞された方々の作品は、そういう部分が大きかった気がします。審査会のなかで、それまで見えなかった部分が見えてきて、非常に貴重な体験でした。
――ありがとうございました。では続いて、各受賞作品についての講評です。グランプリ の「F!nd !t」について、中村さんはどのように感じましたか。
中村デジタルデバイスやプラットフォームを使った応募作品は毎年ありますが、「どうやって作るんじゃい」とか「もう既にそれはGoogleがやってるから」とか、絵に描いた餅が多かった印象です。でも今回の作品はすごくリアリティがあるし、実現できそうだなと直感的に思いました。デモもすごくよくて、ボタンを押したら、スマートフォンがBluetooth経由で反応する機構が作られていて、多分自撮り棒のシャッターを応用したのでは?と話していたのですが、実際に触れるデモの表現力も相まって、すごくいい作品だな思いました。
――ボタンになっている「!」マークについても原さんは言及されていましたね。
そうですね。今回の体験もどんなビジュアルで表現するかは、ビックリマークというのは当たり前のような気もするんだけども、ふさわしい。立体化された手触りの感じと、グラフィックとして展開されている感じも含めてですね。間違ってない、正しいデザインだなと感じました。 ボタンを押した位置がどの辺だったかという精密さの意味ではどうなんだろうと思いましたが、自分がアテンションを得たという縁(よすが)が残っているような、ちょっと詩的な意味も含めてよかったです。
――深澤さんも絶賛されていました。
深澤自分も気づいたときに写真を撮るのですが、綺麗な景色とか夕焼けとかではなくて、自分の中で課題になっていることに対してハッとしたとき、歩いていて通り過ぎてしまった後に戻るのも面倒くさいんですが、必ず戻って写真を撮っています。おそらくその行為とよく似ていて、自転車に乗っていると、速いけれどきっといろいろなものを見ていると思うんです。その瞬間にベルのように押せたら、ちょっといいなって。動きと気づきが同時に来る。自分も写真を撮っていてよかったなと後になってから分かるので、面倒くさがらずにハッとした気づきをしるしにしておくことが大事だなと感じました。
――では三澤さんからもお願いします。
三澤私も実際にプロトタイプを触らせていただいて、スイッチの音もリアリティがあって、実際にベルのところに付いたときに、親指でカチャッて目の前を景色を見ながら押せるだろうなと想像できました。 地図に残ったマークが何だったかなってもう1回見に行きたくなるとか、記憶の装置として忘れることも含めて面白い発見がありそうです。地図に残すという発想はこれまで全くなかったので、とても新鮮に映りました。
――準グランプリの作品についての講評をお願いします。「Hole Decoration」はすごく武井さんも推されていましたよね。
武井推しました。実際に、いち消費者というか生活者として、こういう声にならないデマンドというか、もう諦めていたところをうまくすくい上げて、より楽しい感覚に変えるところが鮮やかだなと個人的に思いました。
――実は原さんも推薦されてましたね。
たとえば子どもがいて、親がこういうものを使ってくれていたら、記憶に残ると思うんですよね。ろうそくを刺した後のことまでケアするようなケーキを作ってくれたことを記憶している子どもはすごく幸せだろうと思うんです。そういうことが、エデュケーションという意味ではすごい。何かを上達させるとか、頭が良くなるとかじゃなくて、コンシャスネスを伝えてくれているというポイントは非常に面白い。欲を言えば、実際にやってみると、ここまで鮮やかにはならなくて微妙なところなのですが、「思いもよらない」という観点でいうと素晴らしいと思います。
――もう一作品の「卒業記念印」は舟橋社長がもうすごく気に入られてましたね。
舟橋この卒業記念印は、完全にやられましたね。シヤチハタの営業マンも目をハートにしていました。高校や大学の卒業式の記念品を、毎年すごい数の学校に提案しに行くんです。採用になる年もならない年もあり、本当に労力に対して実らない営業だなという課題があったのですが、これだったらずっと毎年新鮮な感覚で使ってもらえると思いました。
中村シヤチハタ社員のよだれの音が聞こえましたよね(笑)印鑑というものが一番必要とされるタイミングと場所にこれがあるっていう、商売の基本みたいな、正しい場所と位置でデザインしている。こういうアイデアも一種のクリエイティブだと思うので、新鮮な案だと思いました。
――深澤さんはどうでしたか。
深澤皆さんが自分の名前の印鑑を最初にいつ作ったかって覚えてらっしゃいます?僕は覚えてないんだけど、おそらく感慨深いというか、重要なときに作っているんですよね。何か証明しなきゃいけないとか、何か買わなきゃいけないとか、そういう記念にもなることで、非常に心に残るものじゃないかなと。彰状の筒になっていること自体で価値が高まって、思い出になると思いますよ。
――各審査員賞に移りたいと思います。では中村賞の「花ひらくコースター」からお願いします。
中村これはコップの水滴を受けたコースターに仕込まれたインクの広がりが思わぬ形を生み出すという、一種のジェネラティブな、生成的な表現で、僕はこういう表現が基本的に好きなので、反射的に選んでしまったというのが実際のところです。すごく美しいし、こういうコースターでいろんな模様が出てくるのを見ているだけでわくわくします。
――続いて原賞の「パスタのしるし」について。
僕はショートパスタの形には少々うるさいところがありまして。もともとマカロニに興味があって、建築家たちにたくさんマカロニを作ってもらったことがあるんですけども、普通のひねったマカロニとかシェル型とか、なかなか越えられないんですよね。小麦粉かだからどんな形でも作れますし、すでにあらゆるものが試されたはずで、今あるのはサバイバーたちです。誰が作ったかわからないものは、デザインの強烈な世界記録みたいなものなんですね。だからパスタなんてなかなかデザインできない。だけれども、これはそうじゃなくて、それをカスタマイズするっていう着眼が「思いもよらない」と思いました。
――深澤賞の「柔らかい判子」はどのように決めましたか。
深澤触覚とか形とか、印を押した時のぷにゅっていう感覚に対してシャープなしっかりとした文字とか、いろんな条件が全部合っていたなと思いました。かわいらしさも、遊び心もある。実は過去にも、柔らかい素材でしるしをする作品は結構出てきました。印面の表情を変えるものに柔らかさがあったのですが、今回はしっかりと形を押すことをやっていて、それに驚きました。
――続きまして、三澤賞の「RGBペン」。
三澤RGBとペンという、あまり結びつかないところが結びついたときに、どんな絵を描こうかなあと、想像の仕方が変わるなと思いました。実際に書けたらもっとよかったのですが、もしかしたら想像では重ねていくと白になっちゃうというか、文字が見えなくなっちゃって光になってしまうとか、足し算すると消えてしまうようなインクだったら面白いなとか、そういうストーリーを私が勝手に描いてしまったんですけど、想像力を掻き立てる力のある作品だなと思いました。
――武井賞の「沈黙する表札」についてはいかがですか。
武井プロトタイプの出来栄えが良くて、一次審査の書類だけ見ていると本当にこうなるのかなと思っていましたが、実際にちゃんと動作するデモができて、意外と文字が見えなくなるのがわかったことに驚きました。僕自身、思いついたけれどこれは実現が難しいなと思うことも多いのですが、思いついたアイデアがギリギリ作れるものだったというバランスと幸運さが感じられて非常に素晴らしいアイデアだと思いました。作るのが大変だったと思います。
――最後に特別審査員賞「失敗は、きらめきのもと」。
舟橋一次審査で作品を全部見たときからずっと、この作品が頭の中にありました。シヤチハタとして、学生に斬新な提案をしたいという気持ちはずっとあったのですが、なかなか見つからずにいて。親御さんが子どものために便利に使うものや、子どもとのコミュニケーションのための商品は少しずつ出しているのですが、学生さんに対する商品はまだないんです。いわゆる蛍光マーカーなどは世に溢れていますが、問題集を説いてチェックをして、できなかったところにペケのマークを重ねていくと、きらめく星になるという。最初見た時から商品化したいと思っていて、世の中にもないですし、ぜひ特別審査員賞にと推しました。

――では最後に、来年の第17回に向けて一言ずついただけますか。
舟橋まだテーマが明確に決まっていませんが、やっぱりスタンプじゃなくて違う企画みたいなものを中心に見ていきたいというふうには思っています。ハンコを否定するわけではもちろんないですし、今回も面白かったのです。
中村漠然とですが、デジタル的なプロダクトでシャープなアイデアなものがもっと見たいです。今回のグランプリのような物質を伴ったものでもいいですし、本当にインターネット上だけで使えるものでも、しるしがこんなふうに解釈できる、みたいなものもあるはずです。アイコンやアバターは発明されているけれど、その先はなんだろう。そういうところで面白いアイディアに出会えると、すごく刺激になると思います。
スケールが変わるといいと思うんですよね。しるしが生活のなかから出てくるのもいいんですが、たとえば巨大な時間とか。時計って、変化のしるしですよね。時計を考えた人はすごいと思うんです。時間というものを感じて生きてはいるけれど、本来そんなものはない。時計を発明してくださいとは言いませんが、なにかスケールが変わるような瞬間が見てみたいと思いました。
深澤コンペに参加すること自体、かなり挑戦的なことだと思うんですね。デザインをすること自体もある種の挑戦ですが、絶対に負けちゃいけない。自信があるかないかを試しながらやるような仕事は、この世界ではできないんです。相手にとって失礼だから。だからコンペも、絶対に一位をとるつもりでやらないとだめ。もし落とされたら「何があったの?」くらい落胆しなきゃいけないし、それくらい自信を持ってやらないと世の中に対して失礼ですので、ぜひチャレンジを考えてみてください。
三澤今回の「思いもよらないしるし」は自分が出す立場だったら結構わくわく考えやすいお題だなと思いました。今回も全然朱肉を使わないようなアイデアもありましたが、やっぱり「しるし」という言葉をどれだけ幅広く伸ばせるか、全然違う遠くにあるしるしを持ってこられるか。しるしという言葉じゃない言い方でしるしを考え続けると、きっと違うしるしができると思います。来年、またそういう作品に出会いたいなと思います。
武井僕はゲスト審査員なので、来年はここにいるかわかりませんが、工学的な実用性みたいなところに注目した新しいアイデアみたいなものも面白いと思いました。ちょっとしたアイデアで、ものすごく大きな効果が出せるしるしも世の中に存在して、そういう視点で新しいアイデアがあると、このコンペ自体の広がりも出てくるのかなと思っています。 構成:角尾舞 撮影:小野真太郎