喜多賞
堀川 卓哉
Takuya Horikawa
1987年生まれ / 大学教員

最近、市役所に行くと外国人が増えていると実感します。市役所の書類にはハンコは不可欠です。日本人はハンコを忘れても100円ショップに行けば三文判が手に入りますが、外国人はそういうわけにはいきません。彼らは捺印部分をどうしているのだろう?という思いもあり、外国人でも気軽に入手できるハンコがあれば便利ではないかと考えました。苗字のみを表記した三文判は、個人を表すものではなく、あくまでその人を「ある程度」表すもの。この広い括りが三文判にとっては大事な部分であり、イニシャルも同様にその人を「ある程度」表すものなので、三文判との親和性は高いのではないかという考えに至りました。「イニシャル三文判」のアピールポイントは、誰でも必ず自分のハンコが見つかること。なので、模型審査では必ず実物が目の前に無ければこの作品の本質は伝わらないと意気込み、すべて捺印できるように仕上げました。

後藤賞
佐々木 晴美
Harumi Sasaki
1990年生まれ / グラフィック、パッケージデザイナー
坂口 杏奈
Anna Sakaguchi
1989年生まれ / グラフィックデザイナー

学生の頃、第10回のSNDCの結果発表を『デザインの現場』で見て、次はぜひ参加したいと思っていたところ休止になってしまったため、10年越しでやっと応募することが出来ました。「しるしの価値」というテーマは、暮らしのさまざまなシーンにおいて「自分をしるす」ことにどのような価値があるのか、深く向き合うきっかけになりました。広大なテーマだったため、アイデアの方向性を定めるまで1か月程かかりましたが、最終的に、素直に自分の普段の在り方を振り返る中で具体的なプロダクトが見えてきて、この作品にたどり着けたように思います。初めはロケット鉛筆のような構造をイメージしていたのですが、どういう形であればより身近に置きたいものになるかと考え、複数の印面を生かせる形態を探っていきました。手のひらに納まるサイズ感や、柔らかな曲線で印面をつないだフォルムには、特にこだわっています。

中村賞
山口 真五
Shingo Yamaguchi
1976年生まれ / 家具設計

アイデンティティを表すものの価値とはつまり、他にはない、世界に一つしかない自分だけのもの。それには何があるのかいろいろ考えましたが、シヤチハタのコンペという意味を考えると、はやりハンコは避けて通れないと思いました。しかし認印は苗字だけですし、実印だとしても同姓同名の人もいます。ハンコの代わりにICチップを貼ることも考えましたが、スキミングや古紙回収の点から難しい。SNSのアイコンのように、自分の顔が印面にできればいいのではと考え、ひらめいたのが写真に撮るというアイデアでした。360度カメラなら手元や周りの状況も撮ることができ、GPS情報も付けられます。画像データを見れば誰が押印したのか一目瞭然ですし、AIに判断させることもできるでしょう。また紙の書類はもちろん、印面にアタッチメントを取り付ければタブレットやパソコンの画面上で押印して電子的な捺印にもできるなど、いろいろな可能性があると思います。

原賞
服部 隼弥
Shunya Hattori
1987年生まれ / デザイナー
那須 裕樹
Hiroki Nasu
1987年生まれ / デザイナー
(design studio Bouillon)

「しるし」は、誰が押したかによって価値づけられるものだと思います。著名人の手書きのサインは大切な宝物になり得ますが、手書きサインの印刷には愛着が湧かないものです。市販されている「鈴木」さんのハンコは誰が押しても「鈴木」さんを表し、実在の「鈴木」さんが押しているはずです。しかし、その「鈴木」さんがどんな人かまではわかりません。そのハンコを押している「鈴木」さん本人の特徴や印象を表現するにはどうしたらいいのか。既に使っている判子に何を加えると、持ち主の個性が反映されるのかを考え、思いついたのが、マネキンにかつらを被せるように、印影の上に重ねるように押すかつら型のスタンプです。本体を透明にすることで、普段通りにハンコを押した後、楽しみとしてかつらを被せるようなニュアンスを加え、スタンプを押す行為が楽しくなるよう配慮しました。

深澤賞
望月 未来
Miki Mochizuki
1987年年生まれ / インハウスデザイナー

発想のきっかけになったのは万年筆のインクでした。万年筆のインクは色の選択肢が豊富で、オリジナルで色をブレンドする人もいるほどこだわりの強いアイテムです。そもそも万年筆自体が重要な場面でのサインに用いられるなど、印鑑と似た側面があると感じていたので、印鑑のインクにも色の選択肢があれば、しるされたものがよりパーソナライズされるのではと思ったのです。ただ印鑑の場合は赤系統の色でまとめたほうが捺印に対する抵抗が少ないと考え、そこから口紅のパレットを連想しました。苦労したのは制作よりも作品意図を言葉で説明すること。感覚的にいいと感じたアイデアでも、適切な言葉で文章化しないと印象が変わってしまうので腐心しました。
SNDCは年齢や肩書に関係なく応募できる公平性が魅力。これからトライしようと思っている方には、たくさんの人とアイデアを競い合うことをぜひ楽しんでほしいですね。

特別審査員賞
榊原 伸一
Shinichi Sakakibara
1982年生まれ / プロダクトデザイナー

今はSNSなどで「自分」をどんどん発信している世の中なので、印鑑も「自分」をアピールできるものがいいなと思いました。今あるハンコを使って個性を表現できるものを思案し、浮かんだのが、マンガの主人公が満を持して登場した時の効果音のような「ドン!!」というストレートな表現でした。試作前に、使用回数を重ねてもホルダーとゴム印の接着面がずれない工夫が必要だと思い、ホルダー側を少し凹ませてゴム印の外周に壁を作ることに。マンガのコマらしさを損ねないよう角Rは小さくし、しかし手に持って使うものなので痛くないよう配慮しました。また、四角いホルダーでも押しにくくならないよう適度な厚みを確保しつつ、不格好にならないバランスも熟考。試作は一発勝負だったのでサイズやクリアランスに見落としがないか何度も計算しました。結果、耐久性も見た目もイメージ通りに出来上がり、そのまま量産できるクオリティを追求できたと感じています。

特別審査員賞
竹中 隆雄
Takao Takenaka
1966年生まれ / 美術作家・デザイナー・作文家

この商品企画は以前から温めていたものです。当初は企業に提案しようと考えていましたが、本職のアート創作やデザインなどの仕事があまりに忙しく、その時間が取れなかったところこのコンペに出会いました。シヤチハタの本質に回帰した「しるしの価値」というテーマにも合うのも決め手となり応募しました。
アイデアはニューヨークに出張中、見知らぬニューヨーカーと筆ペンで遊んでいた時、彼らが筆ペンにとても興味を持ち、喜んで使っていたことにヒントを得ました。最初にデザインしたのは四角い形状のペンだったのですが、角張って握りにくく、使い勝手があまり良くなかったため、模型制作の段階で試行錯誤を重ねました。最終形の四角形と八角形が連接するデザインにたどりつくまでかなり苦労したので、アイデアばかりが注目されがちですが、機能から導いた造形美をぜひ見ていただきたいと思います。

特別審査員賞
米田 隆浩
Takahiro Yoneda
1984年生まれ / フリーランスデザイナー

SNDCの再開を知った時は、10年ぶりにあのコンペが返ってきた!と懐かしく感じました。当時は雑誌『デザインの現場』で結果を見て悔しがったりするだけでしたが、今なら自分にも何か提案できるのではないかと思ったのが応募の動機です。「しるしの価値」というテーマは、「しるし」に「価値」の言葉がついているところが何とも難しく、「価値」をどう捉えたらいいのかひたすら悩みました。作品のアイデアは、ハンコについて調べていく中で、ハンコを捺印した跡のことを表す「印影」という言葉に興味を持ち、その字面から「印の影」が印影になっていたらより言葉に合う形になるのでは、というところから思いつきました。影ができるということは光が当たっているということでもあるので、スポットライトを当てるように、固有のしるしの「価値」の部分にもアプローチできたのではないかと思います。