――この度は、受賞おめでとうございます。まず、おふたりのお仕事や経歴について教えていただけますか。
須田僕は本田技術研究所でプロセスデザイナーとして働いています。自動車メーカーといっても車やバイクの見た目をデザインしているわけではなく、CGツールやドライビングシュミレーターなどの開発を行う現場を支援するような立場です。学生時代は都内の美大でプロダクトデザインを学んでいました。
「芽吹きかける想い」須田紘平
松本僕は1997年に金沢美術工芸大学を卒業したあと、IT企業のNECにプロダクトデザイナーとして入社しました。携帯電話をメインにハードウェアのデザインに長く携わっていましたが、自分が得た学びを次の世代に教えることにも興味があったので、2020年から東洋大学の福祉社会デザイン学部人間環境デザイン学科で、プロダクトデザインコースの教員をしています。
「なかみのそとみ」松本和也
――須田さんは第13回に「シヤチハタの切手」で準グランプリを、松本さんは第16回に「パスタのしるし」で原賞を受賞されていますが、今回なぜまた応募しようと思ったのでしょうか。
須田初めてSNDCに応募したのは、学生だった2019年でした。大学にSNDCのポスターが貼ってあるのを見て、ほかのコンペに比べてグラフィックが美しいなと思い興味を持ったのがきっかけです。その年はあいにく受賞できませんでしたが、次の年に準グランプリをいただきました。そこから、このコンペの「しるし」というテーマを深掘りしていくことがだんだんと面白くなっていき、毎年応募するようになった経緯があります。
松本実は、生まれて初めてのデザインコンペの応募が、昨年のSNDCでした。僕は大学でゼミを持っていて、その活動として学生に「コンペに応募しよう」という課題を出しているんですね。あるとき学生に、「先生がやるとどうなるの?」と何気ない一言を言われて。一般的には教員って、立場上コンペに出すイメージはないと思うのですが、SNDCは年齢制限がないのでやってみようと思い立ったんです。結果、受賞したこともあって、今年から学生と一緒に応募しています。
――松本さんは「可視化するしるし」というテーマから「なかみのそとみ」という作品を提案しましたが、そのアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
松本ベースにあるのは、日常のなかの何気ない行為や日々の情景です。そこから「しるし」と捉えられそうなものが見つかったら、どうプロダクトに落とし込めるかを考えて、スマホのメモ帳に書き出していくことを続けました。たとえばティーカップのテーブルについた跡など、みんなが思いつきそうな普遍的なものでも一旦メモをしてたくさんストックしておきます。そのなかから、今回の「可視化するしるし」にはまりそうなもので、尚且つありきたりではないものを選定していきました。
松本具体的には、今回は「運動会で家族みんなで食べるおにぎり」から発想しました。大好きな鮭が食べたいのに、アルミホイルに包まれたおにぎりの中身がわからず、実は梅干しだった、なんてことはよくあります。じゃあ中身を特定するにはどうしたらいいかと考えたとき、アルミホイルと鮭が同じ銀色であることに着目して、おにぎりの具材のパターンを印刷したアルミホイルをつくるアイデアが生まれました。
――対して須田さんの作品は、より抽象的ですね。「芽吹きかける想い」はどのように発想しましたか。
須田今回、自分自身への課題として、鉛筆やノートのようなプロダクトデザインの対象としてストレートなものをデザインしたいと思っていました。今まで自分が応募したものは、変化球的なプロダクトが多かったからです。「可視化するしるし」というテーマを考えていましたが、たまたま仕事の集中力が切れたときに今回の「ぼんやりと浮かんだ文字の上に、ペンで文字を書いていく」というアイデアがふと湧いてきました。これから書こうとしている想いが半分浮き上がっている状態のノートがあったら、と想像したときに自分自身が欲しいと思えたので、このアイデアでいこうと決めました。
――今回はおふたりとも何案出されたのでしょうか。
須田僕は3案応募しました。どれも自信があったのですが、やはりそんなに甘いものではなく、一案しか通りませんでしたね。逆にいえば、自分自身が一番良いなと思っていた案が最終審査に残ったので嬉しかったです。
松本僕も今年は3案提出しました。誰も考えないだろう、と自信を持っていた案が落ちてしまったのですが、あとで「シヤチハタが商品化したいと思うかどうか」「ニーズがあるかどうか」という視点で考えてみると、選ばれなくて当然かなと思い直しました。
須田制作のときに「自分が審査するとしたら」という視点を入れるのは必要ですよね。いいアイデアを出せたと思ったとき、自惚れてしまうこともあります。でも、それを厳しく見定める自己批判精神みたいなものとの間で、いいものはできていくのだと思います。
――制作過程で大変だったことはありますか。
須田見えそうで見えない文字を、繊細なバランスで成り立たせるのが難しかったです。色やぼかし具合を検証する過程で、印刷機や紙が変わると出方が全く変わることに気づきました。また、pngなのかpdfなのか、といったデータ形式でも印刷の濃さが変わります。上から文字が書けるくらいのちょうどいい薄さを目指して、いくつもプロトタイプを作り試行錯誤を重ねました。
松本ちなみに、ぼかした文字は何と書いてあるんですか?
須田僕が過去に書いた文字を配置してあります。でも、画数が多い文字だとぼかしても黒っぽくなってしまったり、句読点を所々に入れないと日本語の文章に見えなかったり、ひらがなが多いと緩急がなくなったりするんです。なので、文としては意味をなしていないのですが、ぼかした時に文章のように見えるバランスを考えて文字を配置しました。
松本僕も、モックの印刷面を作るのに苦労しました。最初はインクジェットで自作できるかと気軽に考えていたのですが、蓋を開けると、イメージするものを作るには印刷屋さんに頼まないといけなくて。アルミにUV印刷ができる場所を探して、UVプリンタを製造するミマキエンジニアリングさんという会社に辿り着きました。「Mimaki Creative Lab」というUV印刷の体験ができる場所を借りて、鮭らしいグラデーションを出すために何度も印刷を試しました。目処が見えてきた頃、今度はおにぎりを包んでアルミを丸めたときに、印刷が剥がれてしまうという難関に突き当たりました。そこでミマキエンジニアリングさんに相談して解決方法を一緒に探ってもらい、なんとか最終型に持っていくことができました。
須田印刷屋さん探しは、僕も紆余曲折がありました。はじめはオリジナルノートを作ってくれるお店にお願いしたのですが、紙や製本の種類が限られていて。すでに用意されている中から選ぶのではなく、自分がこだわって選定した紙で勝負したいと思い、紙の持ち込みができる印刷屋さんを探したら、キンコーズさんでできることがわかりました。こんな身近に解決策があったのかと驚きました。最終的には、以前に竹尾ペーパーショウでサンプルをもらい気に入っていた「GAファイル」という紙に、インクジェット印刷をしました。
――作品のアピールポイントはどんなところですか?
須田紙からこだわって作ったので、ただ見るだけでなく、触ったときの質感を感じていただきたいなと思います。実際に書いてみて作品の良さを知ってもらえたらと、展示用と試し書き用の二つを提出しました。
松本僕は「いかに商品に見えるか」にこだわりました。だからアルミホイルの箱とそれについている刃も自作しています。実際にバリッと切って使ってほしかったので、刃は大学のレーザーカッターを使って作りました。あと、中に入れるおにぎりも、3Dプリンタで作ったあじけないものが出てきたら興醒めだなと思ったので、食品サンプルのおにぎりを買ってきました(笑)。
須田やはり最終模型審査は、実際に手にとって使ってもらうところまで考えないといけないので、また一段違う難しさがありますね。だからこそ、細部までの作り込みが重要だと感じます。
今回、松本さんが教員として務める「東洋大学・赤羽台キャンパス」にお邪魔して取材を行いました。実際に学生さんが作業している工房なども見学して、特別な雰囲気の中での対談インタビューとなりました。
Profile :須田紘平(すだこうへい),松本和也(まつもとかずや)
取材・編集:角尾 舞
執筆:細川紗良
撮影:加藤雄大
須田僕は本田技術研究所でプロセスデザイナーとして働いています。自動車メーカーといっても車やバイクの見た目をデザインしているわけではなく、CGツールやドライビングシュミレーターなどの開発を行う現場を支援するような立場です。学生時代は都内の美大でプロダクトデザインを学んでいました。
「芽吹きかける想い」須田紘平
松本僕は1997年に金沢美術工芸大学を卒業したあと、IT企業のNECにプロダクトデザイナーとして入社しました。携帯電話をメインにハードウェアのデザインに長く携わっていましたが、自分が得た学びを次の世代に教えることにも興味があったので、2020年から東洋大学の福祉社会デザイン学部人間環境デザイン学科で、プロダクトデザインコースの教員をしています。
「なかみのそとみ」松本和也
――須田さんは第13回に「シヤチハタの切手」で準グランプリを、松本さんは第16回に「パスタのしるし」で原賞を受賞されていますが、今回なぜまた応募しようと思ったのでしょうか。
須田初めてSNDCに応募したのは、学生だった2019年でした。大学にSNDCのポスターが貼ってあるのを見て、ほかのコンペに比べてグラフィックが美しいなと思い興味を持ったのがきっかけです。その年はあいにく受賞できませんでしたが、次の年に準グランプリをいただきました。そこから、このコンペの「しるし」というテーマを深掘りしていくことがだんだんと面白くなっていき、毎年応募するようになった経緯があります。
松本実は、生まれて初めてのデザインコンペの応募が、昨年のSNDCでした。僕は大学でゼミを持っていて、その活動として学生に「コンペに応募しよう」という課題を出しているんですね。あるとき学生に、「先生がやるとどうなるの?」と何気ない一言を言われて。一般的には教員って、立場上コンペに出すイメージはないと思うのですが、SNDCは年齢制限がないのでやってみようと思い立ったんです。結果、受賞したこともあって、今年から学生と一緒に応募しています。
――松本さんは「可視化するしるし」というテーマから「なかみのそとみ」という作品を提案しましたが、そのアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
松本ベースにあるのは、日常のなかの何気ない行為や日々の情景です。そこから「しるし」と捉えられそうなものが見つかったら、どうプロダクトに落とし込めるかを考えて、スマホのメモ帳に書き出していくことを続けました。たとえばティーカップのテーブルについた跡など、みんなが思いつきそうな普遍的なものでも一旦メモをしてたくさんストックしておきます。そのなかから、今回の「可視化するしるし」にはまりそうなもので、尚且つありきたりではないものを選定していきました。
松本具体的には、今回は「運動会で家族みんなで食べるおにぎり」から発想しました。大好きな鮭が食べたいのに、アルミホイルに包まれたおにぎりの中身がわからず、実は梅干しだった、なんてことはよくあります。じゃあ中身を特定するにはどうしたらいいかと考えたとき、アルミホイルと鮭が同じ銀色であることに着目して、おにぎりの具材のパターンを印刷したアルミホイルをつくるアイデアが生まれました。
――対して須田さんの作品は、より抽象的ですね。「芽吹きかける想い」はどのように発想しましたか。
須田今回、自分自身への課題として、鉛筆やノートのようなプロダクトデザインの対象としてストレートなものをデザインしたいと思っていました。今まで自分が応募したものは、変化球的なプロダクトが多かったからです。「可視化するしるし」というテーマを考えていましたが、たまたま仕事の集中力が切れたときに今回の「ぼんやりと浮かんだ文字の上に、ペンで文字を書いていく」というアイデアがふと湧いてきました。これから書こうとしている想いが半分浮き上がっている状態のノートがあったら、と想像したときに自分自身が欲しいと思えたので、このアイデアでいこうと決めました。
――今回はおふたりとも何案出されたのでしょうか。
須田僕は3案応募しました。どれも自信があったのですが、やはりそんなに甘いものではなく、一案しか通りませんでしたね。逆にいえば、自分自身が一番良いなと思っていた案が最終審査に残ったので嬉しかったです。
松本僕も今年は3案提出しました。誰も考えないだろう、と自信を持っていた案が落ちてしまったのですが、あとで「シヤチハタが商品化したいと思うかどうか」「ニーズがあるかどうか」という視点で考えてみると、選ばれなくて当然かなと思い直しました。
須田制作のときに「自分が審査するとしたら」という視点を入れるのは必要ですよね。いいアイデアを出せたと思ったとき、自惚れてしまうこともあります。でも、それを厳しく見定める自己批判精神みたいなものとの間で、いいものはできていくのだと思います。
――制作過程で大変だったことはありますか。
須田見えそうで見えない文字を、繊細なバランスで成り立たせるのが難しかったです。色やぼかし具合を検証する過程で、印刷機や紙が変わると出方が全く変わることに気づきました。また、pngなのかpdfなのか、といったデータ形式でも印刷の濃さが変わります。上から文字が書けるくらいのちょうどいい薄さを目指して、いくつもプロトタイプを作り試行錯誤を重ねました。
松本ちなみに、ぼかした文字は何と書いてあるんですか?
須田僕が過去に書いた文字を配置してあります。でも、画数が多い文字だとぼかしても黒っぽくなってしまったり、句読点を所々に入れないと日本語の文章に見えなかったり、ひらがなが多いと緩急がなくなったりするんです。なので、文としては意味をなしていないのですが、ぼかした時に文章のように見えるバランスを考えて文字を配置しました。
松本僕も、モックの印刷面を作るのに苦労しました。最初はインクジェットで自作できるかと気軽に考えていたのですが、蓋を開けると、イメージするものを作るには印刷屋さんに頼まないといけなくて。アルミにUV印刷ができる場所を探して、UVプリンタを製造するミマキエンジニアリングさんという会社に辿り着きました。「Mimaki Creative Lab」というUV印刷の体験ができる場所を借りて、鮭らしいグラデーションを出すために何度も印刷を試しました。目処が見えてきた頃、今度はおにぎりを包んでアルミを丸めたときに、印刷が剥がれてしまうという難関に突き当たりました。そこでミマキエンジニアリングさんに相談して解決方法を一緒に探ってもらい、なんとか最終型に持っていくことができました。
須田印刷屋さん探しは、僕も紆余曲折がありました。はじめはオリジナルノートを作ってくれるお店にお願いしたのですが、紙や製本の種類が限られていて。すでに用意されている中から選ぶのではなく、自分がこだわって選定した紙で勝負したいと思い、紙の持ち込みができる印刷屋さんを探したら、キンコーズさんでできることがわかりました。こんな身近に解決策があったのかと驚きました。最終的には、以前に竹尾ペーパーショウでサンプルをもらい気に入っていた「GAファイル」という紙に、インクジェット印刷をしました。
――作品のアピールポイントはどんなところですか?
須田紙からこだわって作ったので、ただ見るだけでなく、触ったときの質感を感じていただきたいなと思います。実際に書いてみて作品の良さを知ってもらえたらと、展示用と試し書き用の二つを提出しました。
松本僕は「いかに商品に見えるか」にこだわりました。だからアルミホイルの箱とそれについている刃も自作しています。実際にバリッと切って使ってほしかったので、刃は大学のレーザーカッターを使って作りました。あと、中に入れるおにぎりも、3Dプリンタで作ったあじけないものが出てきたら興醒めだなと思ったので、食品サンプルのおにぎりを買ってきました(笑)。
須田やはり最終模型審査は、実際に手にとって使ってもらうところまで考えないといけないので、また一段違う難しさがありますね。だからこそ、細部までの作り込みが重要だと感じます。
今回、松本さんが教員として務める「東洋大学・赤羽台キャンパス」にお邪魔して取材を行いました。実際に学生さんが作業している工房なども見学して、特別な雰囲気の中での対談インタビューとなりました。
Profile :須田紘平(すだこうへい),松本和也(まつもとかずや)
取材・編集:角尾 舞
執筆:細川紗良
撮影:加藤雄大