―― 後藤さんにとって「しるし(印)の価値」とはどのようなものですか?   しるしと聞いて真っ先に考えるのは、やはり印鑑ですね。僕は落款が好きで、自分で石に彫ったこともありますし、コレクションも30個くらいあるんですが、僕にとっては手紙の最後に押したりする「気持ちを込めたしるし」なんです。しるしを残すことによって、自分の気持ちを伝える。そこにひとつの価値があると思っています。またその過程で、この気持ちを伝えるにはどんな紙がいいだろうとか、いろいろ考えたりするのも楽しいですし、そういうふうにどんどん関連して考えていくと、モノづくりは非常に面白くなると思います。     ―― 今回の「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」は10年ぶりの開催となりますが、この10年間でプロダクトの市場はどう変わったと思いますか?   今までは街を歩いていると、魅力的なモノが目に飛び込んできたんですが、最近そういう経験はなかなかないですね。世の中にモノがあふれている上に、これまで自分でいろんなモノを買ったり開発したりしてきたので、目が慣れてしまったのかもしれません。でも見慣れているモノであっても、より魅力的に変わっていく可能性はあります。このコンペも、ゼロからまったく新しいモノを開発することだけにこだわらず、今あるものを進化させるという発想でもいいと思うんです。いいデザインというのは何年たっても飽きないものだし、奇をてらったような面白さはなくても、長く愛してもらえる。長く使われるというのは、やっぱり素晴らしいデザインなんですよ。     ―― 後藤さんにとって、長く使いたくなるいいデザインとは?   テレンス・コンラン氏も言っていますが、デザインの基本は「PLAIN、SIMPLE、USEFUL」、つまり、すっきりと美しく、シンプルで機能的であることだと僕は思っています。デジタル化が進んで時代が変わっても、人間の心や感性など内面的なものは変らないと思うんですよ。つまり、見てきれいだなとか、触って気持ちいいとか、そういう五感の喜びは昔も今も変わらないと思うし、人が使うモノにはそういう要素が必要です。たとえば、僕が愛用しているノートはフランスのプロダクトブランドのものなんですが、表紙周りがファブリックなんです。手触りが良くて、色柄も目に心地いい。持っていると、自然と絵や文章を書きたくなるんですよ。精神的な喜びや満足感を与えてくれるモノは、暮らしの質を上げ、豊かにしてくれる。そして社会をも豊かにしていく。デザインにはそういう大きな力があるんです。コンペに応募していただく方には、そのことを認識し、誇りをもって挑戦してもらいたいですね。いいモノをつくるには、世の中を変えるんだ、暮らしを豊かに楽しくするんだ、という意気込みが必要ですから。   執筆: 杉瀬由希      撮影: 池ノ谷侑花