一本の線をつなげて押すことで新たな価値を生み出す「ライン印」でグランプリを受賞した品田 聡さん。表彰式で「哲学」と評された提案の、模型やデザインに対するこだわりを伺いました。
―― この度は受賞、おめでとうございます。まず、どのようなきっかけで応募されたか教えて下さい。
品田 学生の頃に応募したことがあり、社会人になってからは機会を失っていたのですが、今回の「つながるしるし」というテーマを偶然見て、すごく面白いなと思って。頭にアイデアが浮かんだので、出してみようかなと思いました。普段はインハウスデザイナーとして働いていますが、深澤直人さんなどが審査員にいらっしゃって、コンペ自体にレベルの高さを感じていました。
―― 「つながるしるし」というテーマをどのように解釈されましたか?
品田 「つながることで広がっていく」というイメージを持ちました。審査員の方も書かれていたと思いますが、デジタル社会になり、つながっているようでつながっていない、という感覚もあり、そういうモヤモヤとした気持ちもありました。実は受賞作以外にもいくつか応募していまして、表現はちょっと違いますが、同じようなコンセプトです。
―― 核となるコンセプトから「ライン印」にたどりつくまでは、どのような試行錯誤がありましたか?
品田
正直なところ、パッと浮かんだんです。ただ、ちょっとシンプルすぎたので、思いついてからしばらく寝かせてました。本当は違うアイデアの方を一生懸命制作していたのですが、少し経ってから思い立ち、3Dプリンタで最初のモックアップを作ってみて試しに押してみました。最初のものは印面がカーブになっています。押し方によって自由に長さを変えられるのでいいかなと思って。ただ押しにくさが気になって、まっすぐ作ってみたところ、なんだかどんどん押したくなってきたんです。これは「つなげたくなるしるしだな」と思いました。
シヤチハタさんの製品のなかでも訂正用の二重線のスタンプはすでにあるのですが、一本にすることでどんどん広がっていくと感じました。これはいけるなと思って、具体的に質感や形状を検討し始めました。
―― どのような調整をしていきましたか?
品田
最初の形は上を膨らませてみました。いろいろ作って、シンプルな形にしようとか、少し小さめがいいかなとか。それから、質感もサンプルをたくさん作りました。透明とか、白とか、マットとかも考えましたが、最終的には印鑑の重厚感がある黒の光沢を選びました。パッと見たときに「これ何?」と思われすぎないようにしたかったんです。なんとなく印鑑っぽい、ハンコっぽいものを彷彿させることで、手にとってもらえると思いました。
自分のなかでは、概念と観念がすごく大事だと思っています。ハンコと言われたとき、みんなが理解するハンコの形から離れすぎてしまうと、何に使うの?と混乱させるので、そのバランスを大事にしました。一番理想的なのは「これって前から世の中にあったよね」みたいなものを作ることだと思っています。
―― 審査用の模型を作るにあたって、意識したことはなんですか?
品田 SNDCって、最後にモックとパネルだけで審査がありますよね。そこが一番特徴的だと思っています。プレゼンテーションをして理解してもらうフェーズがないんです。だから作るときも、もので考えようと思いました。スケッチだけでなく、最近は3Dプリンタなどですぐに作れるので、ひたすら試しました。最終的な模型は、高精細の3Dプリンタで出力して、塗装しています。
―― ディテールにおけるこだわりはどこですか?
品田 上面にある、赤の色入れですね。印鑑の伝統や日本らしさを出すために、凹んだ部分に赤いインクを入れています。機能としては印刷でもよいのですが、より印鑑っぽさが出たかなと。造形自体の厚みは押しやすさとか、持ちやすさとか、また一般的な印鑑の丸みも意識しています。線は太すぎず、長すぎず、短すぎずを目指して、いろいろ試した結果、長さを23.5mm、太さを1.0mmにしました。それから、点線や波線などのバリエーションも作ってみましたが、伝えたいコンセプトがぶれてしまうので、シンプルに伝えるために削ぎ落としました。一番難しいのは、本当にエッセンシャルな部分を直球で伝えるところですね。
―― 普段の仕事との違いはどこにありましたか?
品田 最近、仕事では医療機器などのデザインをしています。会社なので大きな仕事ができますが、やっぱり全部自分がやっているわけではないです。でもSNDCのようなコンペは、自分個人の力と直結しています。どちらも面白いのですが、そういうバランスを大事にしたいと思っています。
―― 大変だったことはありますか?
品田
一番大変だったのは、連続して押すための機構ですね。紙に押して、朱肉にまた戻ると、本当は連続で押したいのに手が離れちゃうんです。一回離れると、なんだか分断されてしまうイメージがありました。そこでシヤチハタさんのスタンパーを分解して観察して、真似てつくってみました。でも満足いく印影まではなかなか出なくて、すごい技術だなと改めて思いました。
基本的に制作は、ずっと楽しかったですね。「自分がいい」と思ったものを出して、判断してもらえる。つまり、審査員の方々に見てもらえるわけじゃないですか。それで判断してもらえるというのは、それだけで楽しいです。
―― これからどのようなデザインをしていきたいですか?
品田 たとえば、目覚まし時計って今はスマホで代用できますが、あえてちゃんとした目覚まし時計を置くみたいな、そういうものをプロダクトデザインとしてしていきたいと思っています。レコードで音楽聞くとか、デジカメで写真を撮るとかもそうですよね。ある意味で生活における儀式的な行為を価値とするような。プロダクトがシュリンクしていくなかでも、もっとやれることはあると思っています。
―― 最後に、来年度の応募者へのメッセージをお願いします。
品田 SNDCの特徴は、模型とパネル審査です。だから、そこで共感してもらえるようなモックを作る必要があると思ってます。ただ押せる、動くだけじゃなくて、どのように置くと押してもらいやすいか、まで考える。最終的にはものだけで判断されるので、ものをひたすら作ってみて、自分の仮説が正しいのかを確かめる。出すのであればグランプリ獲得を目指したいので、アイデア段階から最終モックアップを見据えて簡単でも作って検討し、どんどん手を動かして形にしていくと良いと思います。
Profile:品田 聡
取材・編集:角尾 舞
撮影:飯本貴子