―― まずはデザインコンペの目指すところや目的をお教えいただけますか。
舟橋
もともとこのコンペは1999年に始まりました。シヤチハタは「しるし」を企業の根本においているので、ずっとそこを深めようとしてきました。予定通りにいかない部分もありますが、一つでも多くの作品を商品化するということを主軸にしてきました。10回目で一度休止し、また再開して、今回が第19回です。少しずつ審査員の方も変わってきましたが、ゲスト審査員という枠を設けてからは4年目になります。
今後もものづくりを突き詰めて、世の中の人に面白いと言わせる商品を一つでも多く出していくというコンセプトのもと、基本的には永続的に続けていきたいと思っています。商品化と同時に「世の中に提案していく」ようなことをこれからは試してみたいですね。たとえ流通面や技術のハードルで量産できなかったとしても、試しに作って公開していきたいです。
辰野 大量に作らなくても、会社の考え方や姿勢を伝える存在にもなりますよね。一見技術的に難しそうでも、いろいろな人のアイデアを結集させれば案外できることもあります。「作りたいもの」があるのが、一番大事だと私は思います。
―― 今回、辰野しずかさんにゲスト審査員としてご協力いただけることになりましたが、まずは辰野さんのお仕事について簡単にお聞かせいただけますか。
辰野
私はクリエイティブディレクター、デザイナーとして活動しています。プロダクトデザインを軸に、クリエイティブディレクションや企画、コンセプト設計、展示のデザインやアート製作など、分野を横断して仕事をしています。最近ではカリモク家具と一緒に木の可能性を探るプロジェクトに取り組んだほか、企業のオフィス内のアート制作にも携わっています。また、工芸の分野にも多く携わってきました。水を愛でるための器のような情緒的なオブジェなども、これまでに手がけています。
一貫した基本コンセプトは、ものづくりの対象を深く紐解いて、作り手や素材、文化背景などの「良いところ」を見つけ出し、昇華させて、可視化することです。
シヤチハタさんに関しては印鑑という、ある意味ではニッチなものづくりに込められた、細部のこだわりにキュンとします。文具の一方で、工事現場などで使われるマーキング用のスタンプや、釣りのルアー用のマーカーなど、最初イメージしていた印鑑の世界だけでなく、本当に幅広く「しるし」を捉えてものづくりされているんだなと感じています。ものづくりに対しての探究心が強く感じられて、もっと知りたいなと思います。工場見学が大好きなので、シヤチハタさんの工場もいつかお伺いしたいです。
―― 「しるし」という、普段はあまり考えることの少ない概念を、お二人はどう捉えていますか?
辰野
しるしについて、今回改めて考えました。身の回りにもあまりに多くて語りつくせない概念だと思いますが、一つ思い出したのが、日本の留石や、封じ結びです。物理的には遮断していないのに、なぜか人を寄せつけない不思議な、すごい力を持っているなと。
今回コンペに関わることになり、しるしには「受動的なしるし」と「能動的なしるし」があると思いました。たとえば空を見て「雨が降りそう」と感じることがありますよね。でも空は人に何かを知らせているわけではなくて、人が勝手にしるしとして認知しています。これが「受動的なしるし」です。逆に「能動的なしるし」は、しるすという行為にも関連するかもしれないのですが、人間が何かしら伝えたいものを見出して、何らかの方法でその手がかりを形にするものなのかなと。これは私なりの解釈ですが、もしかしたら「しるしとはなにか」を紐解くところからヒントは見つかるかもしれません。
舟橋
シヤチハタのしるしとの関わりは、最初はハンコやスタンプ台、筆記具など「インキを使ってしるす」という単純なところから始まりました。しかし時代がデジタル化して、今は「Shachihata Cloud(シヤチハタクラウド)」というデジタル上でも紙と同じように判が押せる認証サービスも提供しています。おっしゃっていただいたように工業用途のマーキングもあり、最近はだんだん「しるし」に対する向き合い方も変化しています。自分たちができるところだけを考えてもまだまだあると思っており、もっと深堀りできると思っています。会社のビジョンもしるしの付加価値を広げて、新しいしるしを作っていこうというものです。会社としては、まずやり切ろうと思っています。
辰野 いわゆる印鑑のイメージが強いシヤチハタさんが、「しるし」というテーマで幅広いコンセプトを受け入れて、コンペという形で実装している状況に好感を持っていました。とても柔軟な会社なんだろうな、と想像していました。それから一般的な意見ですが、審査員の方々がとても豪華ですよね。だから今回、ゲスト審査に呼んでいただいて本当に光栄に思うと同時に、審査会でどのような議論が交わされるのか、「現代のしるし」というテーマに対してどのような考えが出てくるのか、とても楽しみにしています。
―― 今回は「現代のしるし」がテーマですが、お二人の印象を教えて下さい。
舟橋 以前、第13回のテーマが「これからのしるし」で、少し似通っているかなと最初は思いました。しかし「これから」が未来のことに対して、今回は「現代」です。いろんなことが変わり続ける世の中で今立ち止まって、あなたが必要だと思うしるしはなんですか、と尋ねたい。デジタルもアナログもAIも入ってくる時代において、テーマに掲げたいと思いました。
辰野
「現代のしるし」はすごく難しいテーマだなと思いました。抽象的で、一体どこからどこまでが現代なのかという定義から考えないといけない。国や世代によってもその認識は違うでしょうし、同じ時代に生きていても感覚は人それぞれ違うものだと思います。ただ一方で、時代ごとに共通する空気や気分のようなものは確実にあるとも感じています。たとえば、ある時代にはすごく特別で美味しいと感じられていた食べ物が、時間が経つと特別ではなく感じられることもありますし、音楽も一度古く感じられたものが再び新しく感じられて流行することもあります。そうした時代の空気や気分のようなものが、現代という言葉と強く結びついているのではないかと思っています。もしかしたら「未来」に想像をめぐらせると、現代性についても分かりやすいのかもしれません。人は現代について、過去と比較して定義するしかないと考えがちかもなと。
ちなみに私が最初に思いついた現代のしるしは、バンクシーでした。ある特定の地域で時代を映し出すような風刺的なグラフィティを施して、社会のメッセージを出していく行為は、アートと捉えられていますが、デザインとも言えなくはないですよね。
辰野
私自身の仕事ですが、10年ほど前に備前焼のウォーターカラフェをデザインしました。これまでの備前焼とは違う魅力を引き出してほしいという依頼で、手捻りの作家性が強い地域の焼き物ながら、私はあえて人々が普段使っている工業製品と並べても違和感がない風貌を持ちながら、どこか工芸らしさを残すことを目指しました。その一つが「緋襷(ひだすき)」という備前焼特有の模様です。この模様を見れば、備前焼であるとすぐにわかります。つまり、備前焼のしるしなんですね。1000年ほど続いてきた、日本でも長い歴史を持つ焼き物で、ずっと伝統的に受け継がれてきた部分です。そうした伝統的なしるしも含め、備前焼の伝統を現代の中でどう生かすかを考えました。
舟橋
テクノロジーが急激に進化しているからこそ今回は、ある意味で対照的な存在として、素材や文化をベースにデザインをしている辰野さんにゲスト審査員を依頼したいと思いました。AIは現代を象徴するテクノロジーですが、同時に平成で流行ったシールがブームになっていたり、アナログな手帳が売れていたりします。機能的なものと並列で存在しているのが面白く、何が皆さんにとって必要なものかを問いたいですね。
辰野
現代はなにか、というテーマは細分化していくといつまでも語れそうで捉えどころのないものですが、やはり情報量が多い、というのは大きな特徴だと思います。数十年前までは新聞、ラジオ、テレビや雑誌程度しかなかったですが、SNSや動画サイトなど、あらゆる方向に情報源が広がって、一人ひとりが受け取りたい情報について考える必要があり、その結果、同じ情報を全員が持っているわけではない状況です。
それからもう一つ、コンプライアンスについての議論が増えました。情報はどんどん増えて、自由に飛び交っていますが、発言にはかなり気をつけねばならず、見えないルールが立ちはだかっています。窮屈さを感じる人も、世代問わず多いかもしれません。そしてやはり、舟橋さんもおっしゃってますが、AIが表現物をつくる時代になってきて、人がつくるものの価値が問われていると思います。環境問題も大きなテーマですよね。語り尽くせませんが、現代についてのトピックは数え切れずあると思います。
―― 作品のアイデアのベースとして、どう時代を捉えるかも重要な視点ですね。
舟橋 ここ数年、応募者の平均年齢がどんどん若くなっていて、女性の割合も増えています。だからこそ、新しい視点は期待するところですし、自分たちも現代について考える必要がありますね。
辰野 私たちも勉強しながら審査するのだと思います。世代間の感覚の違いが見られるかどうかも含めて、楽しみです。
舟橋 辰野さんにゲスト審査をお願いしているのもあり、現代だからデジタルというのではなく、素朴な素材の表情や文化のようなものを感じられる作品も期待しています。毎回言っていますが、スタンプや筆記具だけを意識しないでほしいという気持ちは変わらずありますね。
辰野 現代のしるしというテーマだから、「現代を象徴する何か」でもいいのですが、個人的には人が生きやすくなったり、ちょっと心が軽くなったりする提案があるといいなと思っています。不安定な時代という感覚のなかで、しるしによって助けられることもあると思うんですよね。
取材・文:角尾舞
撮影:寺島由里佳
編集:JDN