――この一年の大きな社会変化で、デザインやクリエイティビティにはどんな影響があったと思いますか? 人類史において、切実な折り返し点が来たという感じがしますね。でも本当はもっと前から、人類の折り返し点は始まっているのかもしれません。21世紀を迎えたとき、僕は、人間が手でモノをつくって幸せを生み出すような世界観が終わりつつあるなと思ったんですよ。手で石器を加工して道具をつくり、それを使って狩猟や農耕をし、時に戦争を勃発させたりしながら、環境を変容させつつつくってきた人間の文化が、AIやインターネットによってまったく新しい次元に導かれていくのだな、と。人間が自分の力を拡張し過ぎると、いまある環境の中では納まりきれなくなってくる。それを思い知らされるようなことが何か起こるだろうなと思っていましたが、コロナの出現によってそれが現実のものとなってしまった。世界の変容が加速されている気がします。 ――そうなった要因は何だと思いますか? 3つほどあると思っています。このままだと地球環境が立ち行かなくなってしまうことにだいぶ前に気づいていたけれども、いよいよ実際に行動しないと後がないというのが1つ。2つ目は、世界をリードする企業がこぞってSDGsを謳い始めていますが、それは極端な富の偏在と格差が露出してきたために、不満の爆発を警戒して、問題点を環境にすり替えようとしているのではないかなと。これらに関して未来を担う若い人たちは本気で怒らないといけない状況になってきていると思います。3つ目は、もうモノをつくって売るというビジネスではなくなり、サービスの形が劇的に変わろうとしていて、デザインのかたちも従来とはまったく違う方向に移行しつつあるわけです。これまで日本の経済や社会はなぜかその事実から目を背けてきましたが、否応なくその変化と向き合わなければいけない時代になっていると思いますね。 ――これまでは主に便利なものや効率がいいものに価値があるとされてきましたが、その定義自体がもっと大きなものになろうとしているということでしょうか? やっぱり最後は、生身の体を持った存在としてのヒトが素敵だと思うかどうか。そこが問われますよね。座ったままであらゆる家電機器の操作ができるなどということは、大したことではないし、暮らしが退屈になってしまう。ハイテクノロジーのことは頭のどこかで理解しておかなければいけないけれども、体の内側に問いかけることの方が、むしろ未来につながるのではないかという気がします。花を生けると気持ちいいと感じたり、無垢の素材をあらためて美しいと思ったり、そういう感覚がバリューとして最後に残ってくるものだと思います。 だから今回のテーマで言うなら、「大切なもの」を表すしるしとか、「価値の所在」を表すしるし、「生きている生命」を表すしるし、そういう言葉が入るかもしれませんね。デザインは、生きている僕らがどういうことを大事にするかということに対する気づきの表現になっていくと思います。価値はそういうところから生まれてくるので、その「価値」にどうやってしるしをつけていくか、ということがデザインかもしれませんね。 ――応募者の方々にも、大局的な視点を持った作品を期待されますか? 「着眼大局、着手小局」と言いますからね。小さなプロダクトに、どれだけ大局観を凝縮して込められるか。それができたら、とても魅力的なコンペになるんじゃないかなと思います。 聞き手:田尾圭一郎(美術出版社) 構成:杉瀬由希