―― 今回の「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション(以下SNDC)」は10年ぶりの再開となりますが、そもそも最初にこのコンペを始めた時にはどのような思いがあったのでしょうか?
シヤチハタはメーカーではありますが、市場への商品提供は流通業者を介しているため、エンドユーザーと接する機会はほとんどありません。そこで実際にモノを使われる方がどのように思っているのかを掘り下げ、よりニーズにマッチした商品をつくっていきたいと考えたのが、コンペ発足のきっかけです。またリーマンショック以降、文具・印章市場は飽和状態になり、画期的なモノが出しづらい状況になったことも、広く皆さんの意見を聞き、モノづくりの勉強をしたいと考える契機になりました。
―― 10年ぶりにあらためて再開に至った背景を教えてください。
文具や印章は、以前はオフィスでの使用がメインでしたが、リーマンショック以降、個人で購入される方が非常に多くなりました。オフィスで使う文具も気に入ったものを個人で買う方が増えたので、オフィスユースであってもパーソナルな要素が求められるようになり、メーカーはエンドユーザーに直接訴えかけるような商品をつくらなければ生き残るのが難しくなりました。そこで、これまではモノという観点で見ていましたが、より広い視野に立ち、プロダクトそのものだけでなく、その周辺も含めて気付きをいただきたいと思ったのです。また、最近はよく「モノからコト」と言いますが、スタンプというモノだけにこだわるにはもはや限界があり、モノの先へと広げていかなければ先は見えています。そこが10年前とは違うところで、そうした時代の変化を実感する中で、SNDCの意義をあらためて見出し、再開の運びとなりました。
―― 「しるし(印)の価値」というテーマについて思うことと、応募者に期待することを教えてください。
アナログのインキやデジタル認証など、何かを媒体としたマーキングという意味において、「しるし」はシヤチハタのドメインと言えます。その原点とも言うべき地点に立ち返ってリスタートできることは、非常に深い意義のあることだと思っています。アナログとデジタルの狭間にある今、メーカーとしてはアナログのモノづくりにこだわりを持って品質やデザイン、用途を充実させていくことが当然の使命だと考えているので、そこはもちろん提案していただきたいところですが、デジタルのソフト面におけるビジネスモデルの提案にも期待しています。社会の基幹システムをつくるのはIT専門業者ですが、そこに付加価値を与える存在として互換性のあるものを提供していくことも、今後の我々の役割だと考えています。技術的に実現が難しいものでも、アイデアとしてぜひ意見をいただきたいと思いますし、メーカーとは違う視点からの発想に大いに期待しています。
執筆: 杉瀬由希 撮影: 池ノ谷侑花