今回のグランプリ受賞者は、工業デザインを学ぶ美大生でもあるユニット、MZ design(邹 冱+繆 景怡)です。中国の広州に在住の彼らに、黄鴨印(あひるいん)のデザインのプロセスやコンセプトを伺いました。


――このたびはおめでとうございます。まず、今回のコンペティションに参加したきっかけを教えてください。

きっかけは、審査員として名を連ねている方々でした。それぞれの方の作品が好きだったので、賞を取ろうというよりも、自分たちの経験になればと思って参加したんです。なので、賞をいただけて非常に驚きました。私たちはまだ学生なので、デザインを認められたこと、肯定されたことがとても嬉しいです。

あの日、大賞を受賞したと聞いて、もう夢だと思いました。まさか大賞を受賞できるとは思っておらず、最終審査に残れただけでも十分嬉しかったので。

――今回、大学の友人でコンペティションに応募した方はいましたか?

はい、いました。大学のゼミにあたるクラスの先生がこのコンペティションを紹介してくれて、周りの友人のほとんどはグループを組んで参加したらしいです。私たちもクラスメイトです。

私たちの大学では、日本の作品を先生も含めてずっと注目していました。そのなかで今回の四人の審査員は、普段から作品をよく拝見していました。分野はそれぞれですが、私たちが一番好きな先生方がみんな集まっていたという感じで。

大学3年生になると、基礎から応用に移行し、自分たちの作品を作るようになります。その際にいろいろな一流のデザイナーの作品を見て、分析したり学んだりしています。自分たちが新しいものを作るときの助けになるからです。たとえ時代が違ったとしても、過去のものであれ現代のものであれ、学び取れる要素はあるので、いいところを自分が身に付けられるように勉強しています。



――今回の作品は、どのようにデザインを進めましたか?

まず「なぜハンコを押す時に音がないのだろう」というところから考え始めて、音というメディアを通してハンコを押す、何かを考えることにしました。

何を使って音を出そうかと、その媒体を考えたとき、アヒルという「しるし」を見つけたんです。誰でも知っているアヒルですが、心の中に残っている思い出やその鳴き声とハンコを合わせることで、新しい可能性があるのではないかと。それで、今回の「こころを感じる」というテーマを伝えることができると考えました。

――今回のテーマである「こころを感じるしるし」をどのように解釈しましたか?

二つの面から心の理解をしました。「人の感情」、そして「思い出」という側面です。ハンコを押すという作業は、ある種の厳かな動作ですけれども、私たちはそこに少し面白みというか滑稽さを加味して、ちょうどいいギャップからユーモアをもたらしたいと考えました。最終的にそのユーモアと、使う人の心の中の思い出の二つを表現しました。目にした人がゆったり楽しめるような外見であると同時に、何か心を動かされるような作品にしたいと思いました。

もともと、ハンコの形状が少し特徴的であるということと、音が出るというギャップから、使う人の心の状況や考え方を表わせると思ったんです。

――審査会では、あえて分かりやすいくちばしや顔が付いていないところが高評価でした。その塩梅はどうやって決めましたか?

デザインを始めるとき、おもちゃらしさとハンコらしさのそれぞれを、どこまで残すかを考えました。つまり「どこまでおもちゃっぽくするのか」という判断です。仮にくちばしを残すと、おもちゃの要素がハンコの要素を上回ってしまうと思ったんです。具体的にアヒルのおもちゃを思わせすぎるような、くちばしや目は残さずに、色や質感、形だけでアヒルを表現することにしました。そうすることで、プロダクトとしてのハンコの意味合いが強まると考えました。だから必要以上に、かわいい感じとか、おもちゃっぽさは残さないようにしました。
同時に、形は一番難しかったところでもあります。どこまで特徴を残すかをずっと模索していました。もう一つの点としては、ハンコとしての人間工学というか、どういう形ならばハンコとして使えるのか?を考えるのが難しくて、いくつものバージョンを作りました。どんな方向性がいいかを模索し、最終作品にたどり着きました。


それから、ハンコを押したときにムニュっと動く感じを出したかったんです。動くと、ちょっと面白いなと思ったので。でも同時にただ立っている、置いているときの形はもちろん、押したときのちょっと歪んだ形にも、やはり美しさがないといけないと思ったので、その辺の調整は難しかったです。
今話した点以外には、作品に自分たちの考えをどう乗せるかも苦労しました。審査員は最後にでき上がった物だけを見て審査するので、自分たちの考え方をどう表現するかの部分を悩みました。




――今回の作品を制作した上で特に大事にしたところはどこでしょうか。

私はハンコを押したときにちょっと押し返されるような感覚と、音がうまく融合するように調整してきました。製品化も考えて、そこを一番大事にしました。

私はギャップ感です。アヒルの見た目で音が鳴って、しかも「田中」と印影が出るという、その辺の感覚を大事にしました。

――「田中」以外にも印影は考えたのですか?

そこも結構考えました。ハンコを押した後に出てくる文字は何がいいだろう、そもそも文字がいいのか、というところから悩みました。アヒルの絵にしようか、他のものにしようか。文字だとしても、なにかのメッセージなのか、人の名前にするのか。一番よいギャップが生み出せるものを考えたときに、人の苗字が面白いなと思いました。例えばアヒルの絵だと一貫性は出ますが、おもちゃ感が強くなりすぎるなと思ったんです。



――今回、二人の役割分担はありましたか?

最初にコンセプトを考えたり、それをまとめたりするところは二人で一緒にしました。形や構造も二人で考えました。実際にモックアップを作る際に、モデリングが得意な邹さんが担当し、私は手で作るのと撮影が得意なので、細部を作る段階ではそれぞれの強みをいかして分担しました。

二人とも専攻が同じなので、普段からはっきりと役割を固定して決めてしまうのではなく、自由なコラボレーションを心がけていて、それが私たちの共同制作の秘訣になっています。

――よく二人でデザインしているのでしょうか?

はい、これまでもよく二人で協力して作ってきましたが、普段から今回のようなアプローチで進めています。ものの特徴には二つの面があります。一つはもの自体の表面的な形状、アヒルであれば目とかくちばしとかそういうもので、もう一つはそのものが持つ背景や、引き出される感覚のようなものです。アヒルのおもちゃでいえば、子供の頃に遊んだ記憶など「なぜか分からないけど、これを見ると思い出す」ような、そういうものです。なので、後者の感覚的なものだけを残して、ぱっと見て分かるようなシンプルな特徴は残さないことにしてきました。わかりやすいイメージとか、しるしとかを考えていたとしても、デザインするときには感覚や質感のようなものだけを重視して、表面的なものにはあまりとらわれないようにしています。

――今回のコンペティションにどのぐらい時間をかけましたか?

テーマが発表された3月からプレゼンテーションシートの制作を始めました。コンセプトを考えて、そこから締切の5月までの3ヶ月間です。応募したのも二人で3作品、繆さんが他の人と組んでやったのが2作品あります。

このコンペティションには、とても注目していました。大学卒業後は、日本の大学院への留学を今は考えています。元々日本のデザインがとても好きなので。

私自身も修士課程は日本に留学したいなと思っています。実は、僕は日本生まれなんです。それで日本の文化も好きなので、日本のデザインと自分が中国で学んだデザインとを組み合わせてもっといいものを作れないかと、それができたら素晴らしいなと考えています。

取材・執筆:角尾 舞