シヤチハタというと、多くの人はハンコやスタンプを思い出してくれると思います。たしかに主力製品は文具のカテゴリーですが、実はそれ以外にも商品開発をしています。
今回はスタンプではあるものの、文具コーナーで人々が手に取ることはない、橋の建設現場で使われるツールの開発ストーリーです。営業担当で開発を主導した髙橋宏彰、機構設計を担当した商品開発部の安江明哲、そしてインキを担当した研究開発部の上田嵩大に話を聞きました。
橋づくりに必要なスタンプ?
シヤチハタの技術は文具以外にも使われていますが、今回は建設現場で使われるスタンプです。ボルトラインという製品は、橋梁の建設現場で使われているスタンプ型のマーキングツール。ボルトにかぶせて押すことで、ネジ山やナットの面部や角部に白いラインを瞬時に引くことができます。なんのためのラインかといえば、ボルトに対して適正な荷重でしっかり締められているか、を確認するためです。一時締めの後に線を引き、本締めの際にボルトとナットの線がずれることで、しっかりと締まったことが確認できるので、安全上必ず必要な工程です。
ボルトラインは橋梁メーカーである川田工業とシヤチハタが共同で開発した製品です。約1年半かけて製品化に成功しました。もともとはマーカーペンで作業者が一つずつ線を引いていましたが、橋梁現場では一万から数十万本のボルトが使われていて高所での作業もあり負荷が大きいのが問題点でした。実は10年前にも相談を受けていましたが、当時は要件のすり合わせがうまくいかず、一度は製品化を断念していました。ポイントは、インキが乾くかどうか、にありました。
設計の取捨選択
開発においては、思い切った取捨選択の場面がいくつもありました。まず、インキです。当初はマーカーペンと同じ、「乾くインキ」で開発しようとしていました。しかし、未使用時のインキの蒸発に耐えるために密閉する必要があり、どうしても筐体が大きくなってしまう問題がありました。そこで思い切って、朱肉のような「乾かないインキ」を選ぶことで、筐体の小型化に成功。数週間で線は消えてしまいますが、現場としてはそれでも問題ないことも確認できました。
また、1つのカートリッジで押せる回数は500回だけです。通常のネーム印は10000回ほど使えますが、一日の最大作業量がその程度のため、構造をシンプルにすることを重要視し、しっかりはっきりと見える回数で収めました。
ちなみに使用している白インキは、専用に開発にしたものです。ボルトに押したときに視認性が高いように、顔料を通常よりも多く含ませた白色にしました。もともと乾かない白インキも存在はしていましたが、30回ほど押すと薄くなってしまう問題があったため、500回押しても薄くならないように成分を調整したといいます。ネーム印とは異なり、機械での捺印テストができないため、人力でいろいろな角度で500回ずつ何度も押して試験したことが大変だったといいます。
設計の上では作業者が持ち歩きやすいように小型化に注力し、また指がきちんと引っかかる突起を作ったり、位置が狙いやすいようなデザインにしたりと工夫をしました。
現場の声とこれから
「軽くて誰でも線をラクに引ける」と現場からはポジティブな意見ばかりが届くと言います。現場でボルトにまっすぐの線を引くのは難しい作業のため、もともとは熟練の鳶職にしか任せられませんでした。しかし、スタンプ式になったことで若手でも担当できるようになったそうです。作業時間がこれまでの1/3程度に短縮されたため、高所での危険な作業時間が減ったことは安全上でも大きなメリットでした。
今後の課題は、M22という太さのボルト以外にも対応すること。橋の場合は9割がこのボルトのため多くを一種類でカバーできますが、他の建設現場で対応するためには他にも4種類ほど開発する必要があります。また現場によっては乾くインキが必須の場合もあるので、一度見送りはしたものの、新たなチャレンジが必要です。さらに、日本だけでなく海外進出も可能性があるそうで、文具とは違ったシヤチハタの一面が世界に向けて伝わるきっかけとなるかもしれません。
取材・執筆:角尾舞
「シヤチハタの捺しごと」
Vol.02 シヤチハタが釣り道具? イレグイマーカー開発秘話
https://sndc.design/news/802/
Vol.01 稲沢工場へようこそ
https://sndc.design/news/765/
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今回はスタンプではあるものの、文具コーナーで人々が手に取ることはない、橋の建設現場で使われるツールの開発ストーリーです。営業担当で開発を主導した髙橋宏彰、機構設計を担当した商品開発部の安江明哲、そしてインキを担当した研究開発部の上田嵩大に話を聞きました。
橋づくりに必要なスタンプ?
シヤチハタの技術は文具以外にも使われていますが、今回は建設現場で使われるスタンプです。ボルトラインという製品は、橋梁の建設現場で使われているスタンプ型のマーキングツール。ボルトにかぶせて押すことで、ネジ山やナットの面部や角部に白いラインを瞬時に引くことができます。なんのためのラインかといえば、ボルトに対して適正な荷重でしっかり締められているか、を確認するためです。一時締めの後に線を引き、本締めの際にボルトとナットの線がずれることで、しっかりと締まったことが確認できるので、安全上必ず必要な工程です。
ボルトラインは橋梁メーカーである川田工業とシヤチハタが共同で開発した製品です。約1年半かけて製品化に成功しました。もともとはマーカーペンで作業者が一つずつ線を引いていましたが、橋梁現場では一万から数十万本のボルトが使われていて高所での作業もあり負荷が大きいのが問題点でした。実は10年前にも相談を受けていましたが、当時は要件のすり合わせがうまくいかず、一度は製品化を断念していました。ポイントは、インキが乾くかどうか、にありました。
設計の取捨選択
開発においては、思い切った取捨選択の場面がいくつもありました。まず、インキです。当初はマーカーペンと同じ、「乾くインキ」で開発しようとしていました。しかし、未使用時のインキの蒸発に耐えるために密閉する必要があり、どうしても筐体が大きくなってしまう問題がありました。そこで思い切って、朱肉のような「乾かないインキ」を選ぶことで、筐体の小型化に成功。数週間で線は消えてしまいますが、現場としてはそれでも問題ないことも確認できました。
また、1つのカートリッジで押せる回数は500回だけです。通常のネーム印は10000回ほど使えますが、一日の最大作業量がその程度のため、構造をシンプルにすることを重要視し、しっかりはっきりと見える回数で収めました。
ちなみに使用している白インキは、専用に開発にしたものです。ボルトに押したときに視認性が高いように、顔料を通常よりも多く含ませた白色にしました。もともと乾かない白インキも存在はしていましたが、30回ほど押すと薄くなってしまう問題があったため、500回押しても薄くならないように成分を調整したといいます。ネーム印とは異なり、機械での捺印テストができないため、人力でいろいろな角度で500回ずつ何度も押して試験したことが大変だったといいます。
設計の上では作業者が持ち歩きやすいように小型化に注力し、また指がきちんと引っかかる突起を作ったり、位置が狙いやすいようなデザインにしたりと工夫をしました。
現場の声とこれから
「軽くて誰でも線をラクに引ける」と現場からはポジティブな意見ばかりが届くと言います。現場でボルトにまっすぐの線を引くのは難しい作業のため、もともとは熟練の鳶職にしか任せられませんでした。しかし、スタンプ式になったことで若手でも担当できるようになったそうです。作業時間がこれまでの1/3程度に短縮されたため、高所での危険な作業時間が減ったことは安全上でも大きなメリットでした。
今後の課題は、M22という太さのボルト以外にも対応すること。橋の場合は9割がこのボルトのため多くを一種類でカバーできますが、他の建設現場で対応するためには他にも4種類ほど開発する必要があります。また現場によっては乾くインキが必須の場合もあるので、一度見送りはしたものの、新たなチャレンジが必要です。さらに、日本だけでなく海外進出も可能性があるそうで、文具とは違ったシヤチハタの一面が世界に向けて伝わるきっかけとなるかもしれません。
取材・執筆:角尾舞
「シヤチハタの捺しごと」
Vol.02 シヤチハタが釣り道具? イレグイマーカー開発秘話
https://sndc.design/news/802/
Vol.01 稲沢工場へようこそ
https://sndc.design/news/765/
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