2024年10月11日、第17回SNDCの表彰式が開催された。今回はこの表彰式の後半で行われた、中村勇吾氏、原 研哉氏、深澤直人氏、三澤 遥氏、岡崎智弘氏、そして舟橋正剛氏の審査員6名によるクロストークをレポートをする。モデレーターは、第17回SNDCのコピーライティングや記事等を担当している、デザインライターの角尾 舞が担当した。
――あらためまして、受賞者の皆さまおめでとうございます。早速、今回の受賞作品に関する講評や所感を審査員の皆さまに伺おうと思います。ではまず、特別審査員賞の山本晄暉さんによる「もじちょこ」からお願いします。
舟橋今回は「可視化するしるし」というテーマで、それをイメージできる作品が本当に多かったと思います。「もじちょこ」はデザインがすごく面白く、かじったり裏側を見たりすると文字が読めてメッセージが伝わります。会社としてもお客さまにメッセージを送るような想像ができるので、非常にハッピーな作品だなと思って選びました。
――続きまして中村賞を受賞した中道咲花さんの「結束水引」についてお願いします。
中村このコンペの二次審査会がどう進むかというと、皆さんが準備したモックアップを審査員がばーって見て、いいと思ったアイデアに付箋を貼って、そこから二回戦に進む感じです。それで僕は最初の段階で、この水引きのすごくいいじゃん。ちょっと優勝じゃない?と思ったんですが、なぜか他の人の俎上にはあまり上ってこなかったんです。あれ?そうなんだ……と。議論してグランプリが決まった後に審査員賞を決めますが、「僕はこの結束水引がいいと思います」って言ったら、まわりの人も「そうそれ」って皆もいいと思ってたんだな、というエピソードがありました。
内容的にはすごく鮮やかです。皆が昔から知っているものに対してちょっと別の文脈からデザインし直すというのは、ある種のパターンとして確立しています。そのなかでも水引きという日本の昔からの縁起ものを、ハードで実用的な結束バンドで再構築するのは、意味的なコントラストが鮮やかだし、赤白に分けた構成がよくできている。結束部分のリングのところも赤白に塗り分けたのが効いていて、とってもいいなと思います。
――原賞の江上恵一郎さんと舟橋慶祐さんによる「陰影折紙」についてお願いいたします。
原折り紙を折る前は筋がなくて真っ白ですが、そこにあらかじめグラデーションの対比で折れ筋のようなものが表現されています。折り紙というものは出来上がると紙に陰影がたくさんつきますが、折る前にビジュアライズしているところにこの作品の一つの見事さがあります。
折っていくと見えるグラデーションが減って、にぎにぎしい、輝かしい対比が少しずつ収まっていくのだろうと想像します。折り上がると縁と縁とが融合して発光するような、きちっと完成するプロセスのなかにも発見がある、すごく素敵な作品だと思いました。また、鶴の影のついた紙で兜を折ると、おそらくまた全然違うものができるだろうと想像するなど、このグラフィックに惹かれました。
――ありがとうございます。続いて、深澤賞のKUSU-KUSUによる「touchable mark」についてお願いいたします。
深澤手探りというのは必要なことです。人間は常に見えているわけではないし、手で接触してその状況を知ることがかなり多いと思い。でも触るということは、そのしるしを見ることと全く同じで、接触の感触を覚えていることです。僕の家にスイッチが2つあるんだけど、毎日どっちがどっちか分からなくて、まったく覚えようとしないんですよ。必ず間違いをおかしてからスイッチをつけるんですが、そういう場所に自分のしるしを機能的につけることに非常に高いポテンシャルを感じました。
人間の五感の8割は視覚だと言われていますが、今の情報化時代はそれ以外のセンサーがかなり重要です。こういう非常にシンプルなアイデアが出てきたことは素晴らしいと思いました。モックアップは丸いマークでしたが、もっと違うイメージも当然考えられているでしょうし、独自のマークを指で触れられることは、もしかすると当たり前のインターフェースになるかもしれません。おめでとうございます。
――続きまして、三澤賞の東出和士さんによる「SKELETON」についてお願いします。
三澤二次審査会の最後までこの作品は残っていて、私以外の審査員の方もたくさん投票していました。シヤチハタのコンペの「可視化するしるし」というお題に対して、足元の真下ぐらいに落ちているアイデアだなと思います。とても遠くにある「可視化する」を探す方がいるなかで、一番近くに落ちている。
審査員の目が集中したのは、高いクオリティと完成度で、きちんと押せたことが大きいと思います。まあまあの完成度でギリギリ押せるね、くらいのプロトタイプだったらこんなにたくさん票が入っていなかった気もします。スケルトンの商品って世の中にたくさんありますが、そのなかでも中身を見てみたかったものの一つだなと。ストレートに届いて、しっかり伝わったなと思います。
――岡崎賞の長谷川泰斗さんと山下采夏さんによる「すみがくれ」の講評をお願いします。
岡崎今回のテーマだと、見えないものを見えるようにしたり、何かを分かるようにしたり、強く押し出したりする方向性で捉えそうなところを、さりげないところに着目したのが面白いと思いました。たとえば引っ越しで、部屋の奥の方にある段ボール箱を何年かごしに開けたときに、あ、こんなものが入っていた、みたいな本人も忘れているような場所にハンコを押すというアイデア。その視点は、一見価値がないぐらい弱いものですが、さりげない豊かさのを見ていることが分かって、すごく心に響きました。
――続きまして、準グランプリの講評に移りたいと思います。須田紘平さんの「芽吹きかける想い」についてですが、こちらは原さんがすごく反応されていたなと思ったのですが、いかがですか。
原罫線とかグリッドとかが引いてあって、それが書くためのガイドになっている。これがノートの常套的な形だと思いますが、僕はあまり好きではなくて、できるだけ罫線のないフラットなノートを使うことが多いんです。でも今回の提案を見たときに、なるほどこういうイマジネーションの触発のさせ方があるなと気づきました。いわゆる罫線は嫌いですが、からくさ模様みたいな、昔からのカオスで不思議な模様というか図像があって、僕はときどきそれを下敷きにして、イマジネーション湧き上がらせながらシンボルマークやグラフィックをつくることがあるんです。人間のつくろうとか書こうとかという意識を、混沌の淵から目覚ましい形に立ち上げてくれるような、そういう力を持ったものがあるなと思っていました。この提案の場合は文字を書くことだと思いますが、まだ定まらない言葉の混沌から何か明示的なものを引っ張り上げてくれるような、そういう力を持っている。そんなものを表現しようとしたノートなんだろうと思ったんですよね。ですから従来のノートとは全く違うところに着目していて、やはりとてもデリケートで、もう少しシャープでももう少しボケてもだめで、ちょうどいいところにある。ノートの紙の色も質も含めて、定着のレベルが非常に高かったと思います。そういうところに素晴らしさを感じました。商品にすると使ってみたい人もいるんじゃないかと思います。
――実際に岡崎さんは書かれていましたよね。
岡崎はい、なにか独特な感じがありました。シャワーを浴びているときに耳がザーッとなるとその音で考えごとが進んだりとか、図書館で少し心地よいざわめきのなかで本を読んだりするのに近いような感覚がありました。
――では続いて松本和也さんの「なかみのそとみ」について。中村さんいかがでしたか。
中村鮭、いいですよね。最近おにぎり屋さんで、ちょこんと上に具を乗っけているのがありますが、あれは僕、なんか嫌なんです(笑)でもおにぎりってやっぱり食べなければ中身がわからないのを、この鮭だったら鮭の皮で包むことで示している。鮭の中にご飯を詰めたみたいな?そういう食べ物に見えてくるというか。存在しない架空の食べ物というか、鶏を蒸して中に肉を詰めましたみたいな。僕は食べたことなくて、漫画で読んだだけなんですけど。なんだかそういうイメージで、中身の外見というより、中の具を外に可視化することがすごく鮮やか。鮭がよかったのはやっぱりアルミとの関係ですよね。鮭の光りものの肌みたいなところが、すごくアルミだなって。明太子は少なくともこの方程式でいうと違くない?みたいな話をしていたんですけど(笑)鮭だけだったらよかったな、みたいな雑談もしていました。
――深澤さんもおにぎりに注目されたコメントをいただいていました。
深澤僕はお寿司だと光りものが好きで、サバとかアジとかコハダとか、4種類くらいいつも食べるんですが、鱗のパターンが結構旨さを出していると思うんです。この鮭を見たとき、絶妙にそれをグラフィックパターンにしていると感じました。普通、皮は残すものじゃないですか。まあ鮭の場合はカリカリに焼けば食べるかな……。すごくリアルに表現しているわりには静かでおいしそうというのがプロの仕事だと思いました。その隣にあるとろろ昆布もいいねって言ったら、皆がそれは海苔だって言ってたり、その隣は最後まで明太子だとわからなかったりして。だから基本的には鮭がすごかったんですね。
――ありがとうございます。ではグランプリの講評にうつります。榎本千紘さんの「めでたいん!」、こちらはクラッカーから「岡崎」が飛び出てきましたよね。
岡崎審査会のときに三澤さんが近くにいて「やりましょう」って言ってくれたのが発端で、パンってやったら、「岡崎」がひらひらひらひらーってなって、そばにたくさん落ちるという様を体験しました。あまりに初めての体験で、すごく祝われている感じと、同時にすごく恥ずかしい気持ちと、地面にしるしがいっぱい物質としてあるところがすごくて。こんなにたくさん自分の名前がひらひらして地面にある状態は普段の生活ではないので、言い表しにくいんですが、とんでもない気持ちになりました(笑)
――三澤さんは引いてみてどうでしたか?普通のクラッカーと違いました?
三澤円錐の面の丸い面に「岡崎」って入っていて、紐を引っ張りたくなる。ただの真っ赤でもないし、名前が一個だけ刻印されてるように、円錐のハンコみたいな形をしていて。岡崎さんにパンってやったら名前が倍増して降ってきたんですけど(笑)、そしたらすごく盛り上がった。他の方もやっていましたが、音もすごく華やかで、中の紙も金色と赤色の鯛が反転していて、赤いハンコの岡崎さんの名前とバランスよく一番めでたい状態で跳ねたんで、すごく成功していたと思います。
――中村さんも引いていましたよね。
中村引いたし、拾いました(笑)皆が散らかしたのを拾うの、大変でした。でも岡崎さんの名前を拾っていると、これも表現できないんですが、よくわからない気持ちになりましたね。皆さん言っているように、いい意味でどう形容していいかわからない。今までのデザインのボキャブラリーにない感じっていうのかな。これどう褒めたらいいんだろう?って、言葉が見つからない。さっきから「パンってしてよかった!」みたいな話を皆してるんだけど(笑)、いい意味で困っちゃうというか、そこがすごくよかったところなんじゃないかな。まだない軸を差し示しているのかもしれない。
――ありがとうございます。原さんはいかがでしたか?
原僕はパンとやる前からいいなと思っていましたよ。大賞を取るかなと実は思っていたんですよ。空間に「岡崎」が散りばめられるその感覚が想像できて、これは全く新しい押印というか、空間に華やかに押しまくる感じというか。
大賞というのは勢いだけれども、それをもたらしてくれる何かを持っている。実際パン!とやって皆喜んでいましたが、それは想像通りで、プランニングできているのがいい。デザインも全く間違ってないですよ。丸いフォントとか鯛のデザインとか、赤と金の交互に入り替わるところとか、全体が本当に全く間違っていない。商品になったら売れると思うし、僕も人のパーティーでお祝いするときに注文して持って行って、実際に使いたいと思います。名前というものの新しい使い方を表現してくれて、本当に素晴らしいと思いました。
――深澤さんはどのようにご覧になりましたか?
深澤そうですね、なんで岡崎さんで俺の名前がないんだと思ったけど(笑)
いろいろ広がりを考えられますよね。結婚式での2人の名前とか、中にどんなしるしを込めればいいんだろうということが頭のなかで湧いてくる。名前というのはその人を祝福する意味では大きな存在です。もう少し年取ったら、僕も誰かに作ってほしいな(笑)シヤチハタに頼めばいいのかな。ぜひ量産してほしいです。素晴らしいと思います。
――舟橋社長はどうですか?商品化は考えていらっしゃいますか?
舟橋うちの技術で商品化できるものではないですが、本当に「可視化するしるし」という今回のテーマそのもののような気がしています。パーティークラッカーって、パーンとすること自体がお祝いで、中から出てくるものはあまり意識しないし、すぐゴミになると思うんです。でもこれは中にメッセージが詰まっていて、気持ちが伝えられる。身近にあるクラッカーでありながら、全然今までのとは意味合いが違うと思います。記念品として考えても、使えるかと思って推しました。
――ではクロストークに移ります。今回の審査全体についてお話いただければと思いますが、まずはゲスト審査員として今年初めて参加いただいた岡崎さん、どのように作品をご覧になりましたか?
岡崎最初は印鑑からスタートしているイメージがあったので、実際の提案を見て本当に多様なしるしの捉え方があり、すごく広いというのが素直に抱いた印象です。そのなかで特に上位に残ったものは、ある種の新しいフィジカルな何かがある。ものである意味というか、人との関係性みたいなことですね。可視化やしるしというのは、平面の情報というイメージが最初はありましたが、フィジカルな関係性を皆さん探っていて、それらを審査員が発見していく過程が参加していて刺激的で面白かったです。
――今年は平均的なレベルがすごく高かったと皆さんおっしゃっていて、深澤さんも話されていましたが、今回の審査全体としていかがでしたか。
深澤これまでもう何回、審査したか忘れてしまいましたが、最初の頃はかなりの数の作品が広いホールに並べられていた時代がありました。デザイナーではない人が鉛筆書きしたようなアイデアも入っていて、それもそれで面白くて、そんなときからずっとつながってきました。
最近はちょっとくすっとするような、ウィットに富みつつクオリティが非常に高い、三枚目ではないけど二枚目半みたいな、ちゃんと落とし所もあって、ニコニコしながら賞を受け取っていただきたいレベルまで上がっています。こちらから差し上げるというより、この人にぜひ賞を取っていただきたいみたいな、気持ちが逆転しています。それぐらい、プロの仕事だと感じています。コンペティションというよりは、たたえ合うような輪になればいいと思っていて。我々は審査員ですが、それよりも「あ〜素晴らしいですね」と言いたくなるような感じが来たなと、今年は特にそう思いました。
――三澤賞でクオリティについてもおっしゃっていましたが、全体的な完成度も高かったと。
三澤学生の方もたくさん最終審査まで残っていたと聞いて、さらに驚きました。今回はすごく出品数が多かったと思いますが、受賞していない「惜しくも」な作品たちもすごくクオリティは高くて。もちろん完成度という意味でもあるんですが、グランプリの作品に関しては、誰も足跡をつけていない場所というか、知らない角度に進んでいくような、そういう新しさが一番かっこいいなと思って。新しい雪の上を歩いていくような、かっこよく言えばそれくらいの。そういう仕事を自分もできるようになりたいなと思いながら聞いていました。そういうことを言えるものがグランプリに選ばれています。受賞作品が決まるときに、その日の雰囲気がぶわって持っていかれるのを毎年見ていますが、今年も去年以上に朗らかな空気が流れていたのは、グランプリの作品につづいてユーモラスなものがたくさん残っていました。皆さんの作品にほぐされる、とてもいい審査に参加させていただきました。ありがとうございます。
――原さんは、コメントで脱ハンコという印象が強かったとおっしゃっていましたね。
原そうですね。それが今年は顕著でしたが、知らないうちに世の中のデザインを見る目も高度になってきている感じがしました。今の時代、デザインはどちらかというと地味な方に押しやられていて、アートが激しいですよね。梅原 真さんという高知県のデザイナーがいて、彼は「デザインは笑いだ」と言っていてるんです。この間、現代アーティストの杉本博司さんに彼が「杉本さん、僕はデザインは笑いだと思うんですが、現代アートは何ですか?」と聞いたら杉本さんが「現代アートはバカ笑い」と言っていて、これは負けたじゃないかと(笑)でも、そのバカ笑いじゃない笑いのなかに、共感というのがあってですね。「私の良い」のなかにどれだけ「皆の良い」が含まれているか。どういう風に包含されるかがデザインの強みだと思うんだけど、それは非常にデリケートなことです。「私はこれがいい!」と言うだけじゃなくて、皆もいいだろうと確実に思いながらつくることの精密さや精度が知らないうちに上がってきています。そういうものを一番正確に射抜いているのがシヤチハタのコンペだと僕は思うので、そういう意味では成熟してきている気がしますね。今回、大賞も素晴らしいんだけど、印象に残っているのは、やっぱり鮭の皮なんですよね(笑)ホイルに鮭の皮を刷るという着想が素晴らしいと思ったし、もし僕がこれをもらったらおにぎりじゃなくて別のものを包むかもしれない。たとえば中にノートが入っていようとタバコが入っていようと、人にあげたときに「鮭の皮のようなもので包んでいる」というリアリティが、おむすびを超えて機能すると思いました。鮭の皮単独で製品にしても面白いんじゃないでしょうか。それは、現代アートにはない絶妙な笑いですよね。
――中村さんの印象はいかがでしたか。
中村このシヤチハタ・ニュープロダクト・デザインコンペティションならではの感じというのは、徐々に醸成されています。審査員も応募者も今までどんなものが受賞したか見ながら、次の一句は……みたいな感じで、句会がずっと行われている感じがある。だから展示とかをまとめたら面白いなと思いました。ひとまとめて見るとまた違う感覚が立ち上がるかもしれません。
――最後に、舟橋社長に締めていただきたいと思います。
舟橋僕たちシヤチハタは、しるしの付加価値をデジタルでもアナログでも高めていくことを、ハンコのみならず、商品化・サービス化していますが、そういう意味で今回の「可視化するしるし」から学ばせていただいたことは多いです。「SKELETON」もうちの商品開発の人間が「この出来はすごい」と言っているぐらいモックアップが秀逸で、可視化することのこだわりがすごかったので、次回もしるしをキーワードにもう一回やりたいと思っています。来年度もぜひよろしくお願いいたします。
――審査員の皆さま、どうもありがとうございました。
構成:角尾舞 撮影:井手勇貴