――今回、岡崎智弘さんがゲスト審査員として参加されますが、岡崎さん自身や作品の印象を教えてください。

去年、亀倉雄策賞の準備で岡崎さんと関わりました。途中経過を見せてもらったり、一緒に新潟の展示に行ったりするなかで持った印象は「迷わない人」です。提案を共有するときのポジティブなパワーがすごく強くて、みんなに輪を広げていくというか、それに乗っかると素敵な世界が見えるようなイメージでしょうか。一人で黙々と作っている印象が強かったのですが、会ってみると周りを巻き込んでいくパワフルな人だと感じます。「これ良いでしょう」って目を輝かしながら何かを見つけてきて、それを人に共有する言葉や伝え方を持っていらっしゃいます。


――岡崎さんがゲスト審査員に加わって、どんな作品が増えそうという印象はありますか。

大学で教えている学生も、ゲスト審査員が岡崎さんだと知って楽しみにしている人がたくさんいます。SNSでも影響のある方なので、若い人の応募は増えそうですよね。


――今回は「可視化するしるし」というテーマですが、どのようなことを感じましたか。

コメントを書いていたときは、南方熊楠のことを思い出していました。南方は、毎日毎日庭の草木を見ていたから、その庭で新種を発見できたんですよね。すごく身近なところにも可能性があると信じた人だけが、見つけられるものがあります。そういう達人が、岡崎さんのような方だとも思うんですけれど。


――過去2年間、審査員を務められてどんな印象ですか。

一昨年と去年でも応募作品の傾向は変わったと思います。昨年は自分で行動をしないとしるしが見つけられないような作品が大賞でしたよね。机の上だけでは完成しないものをしるしと名付けることは「しるしの概念を超えてほしい」と舟橋社長がずっと言ってきたことを体現したものだと感じます。昨年はプロのデザイナーが賞を多く取っていたのも印象的でした。普段から現場でデザインしている人たちが、テーマに対して真摯に答えてくださって、その回答がすごくパワフルでした。


――今年はどんな作品を期待していますか。

「可視化する」という言葉自体はすごく聞き馴染みのあることばですが、ただ可視化すればよいわけでは全くないので、簡単なようでとても難しいお題です。去年のテーマのような「思いもよらない」であれば意表をつくアイデアがどこか期待されていたように思いますが、今年のテーマはみんなが見逃していたものを「見つけてくる目」が必要というか。普段、何を見て生きているかがそのまま試されていると思います。去年の審査のときも言いましたが、テーマを唱え続けながら目の前の情景を見ているなかで、きっと見つかるのかな。デザイナーを続けていると、目がすごく見えるようになる感覚を持つときがあると思うんですが、アイデアが出続けてしまうような時間帯です。そういう感覚を見出せた人が、面白いものを作るのだろうと思います。


――審査員コメントにも「つくるのではなく『みつける』」と書かれていましたが、応募者の方へのヒントになりそうな見つけるポイントはありますか?

たとえば「あらゆる人が知っている」って、ありそうで難しい。人は「知っているけど知らないこと」を教わるとハっとするのだと思います。そのもの自体がいかにベタベタ触られたものか、馴染みあるものか。知っていると思い込んでるもののなかに何かあると思います。


――三澤さんの活動でいうと、「葉っぱ丸」を拝見したときに、そのような気持ちになったかもしれません。

あの活動自体、自分自身の「わからない」を見つけるために収集しているのかもしれません。わからないことの嬉しさや、わかっていないことを楽しむような感覚があります。わかっていないことがいっぱいあることが、実はクリエイティブなのかも。自分はデザイナーだから、自分でそれを見つけたいんです。もちろん誰かが作ったものから教えてもらう喜びもありますが、やっぱり「自分でわからないことがあることを知りたい」と思って作っている人もいっぱいいると思うので。多分、自分も作る側の人間だから、すごいものに出会うと、嬉しすぎて悔しいみたいな感覚を持つのですが、今回のコンペでもそういうものが出てくるといいなと思います。


――先ほど南方熊楠の話が出てきましたが、ほかの方の活動で近いものを感じることはありますか。

岡崎さんもそうですが、基本的にはそういうのが得意な人たちが審査員だと思います。そういうことを日常的に仕事やプロジェクトとして日々鍛えてる人たちです。珍しいことではないですが、作ったり、移動したり、何かしら動き続けている人にしか見つけられないことかもしれません。


――応募の際に気をつけたいところはどのようなことでしょうか。

いいアイデアを見つけたとしても、タイトルを含めてどう言葉にするか、どう伝えるかの形も大切ですよね。言葉とビジュアルのセットで審査は進むので、ただ物だけではなくて、どういう環境やシチュエーションをイメージしているか、どういう人が思い浮かぶか、自分がどういう場所で使うか……というようなところを、あのパネルの中で表現しないといけません。最終審査会では見えていないところを勝手に妄想して、話を膨らまして議論するのですが、想像させてもらえる喜びがある作品を見ると、引き出してくれてありがとうという気持ちになります。そういう感覚になれるものがいいですね。


――最後に、アイデアを見つけるヒントがあれば教えてください。

作ってみないと「わからないことがわからない」ので、私はとりあえず作ってみます。今やっている仕事でも、過去のエラーというか、紙くずで作ったものを捨てずに取っておいたら役立ちました。南方熊楠も牧野富太郎も、ほとんどゴミを捨てずに取っておいたと読んだことがあるのですが、そういうものが私もたくさんあります。私の研究所はなんだかゴミ屋敷みたいになってしまっているときもありますが、すごく居心地が良いんです。物に囲まれていると安心します。取っておいたものの大半は他者から見たらゴミかもですが、たまに大活躍するんです。
毎日周りをよく見ることって、今からだと遅いかもしれなくて、今まで見たなかにきっとあるのかもしれません。私は迷った時によくやるんですが、自分が昔書いたスケッチを何も考えないでひたすらめくるとか、同じ本だけを何十回もめくり続けるとか。何か美しいな、と思ったけれど言葉にまだなっていないことや、直感的にいいなと思ったことも、何回も何回も見ていると、だんだん何が良かったのかが見えてきます。反芻するなかで見つける日常もあります。ずっと同じものを見続ける。過去の写真もよく見返すと、頭がやわらかくなりますが、自分のカメラスクロールを見続けているだけでも、過去の自分と答え合わせをしていくと、実はそこにアイデアがたらふくある。普段から見つけている人って、必ず何か書いたり、頭の片隅に置いたり、スケッチしたり、写真撮ったり、何かで残そうと、しるしをつけようとしている気がするんです。だからそれが残っている人は、今回つくるべきものが遡ればもう待っているのかもしれませんよ。


取材・文:角尾舞