―― 今回のコンペのテーマ「しるしの価値」には、どのような思いが込められているのでしょうか?   しるし(印)あるいはしるす(印す)という行為には、表情や意志の伝達など「心が伝わる」という意味もあると思いますが、真っ先に思い浮かぶのは「自分であること」を示す認証やアイデンティティなどの意味合いです。今では私たち個人を表すものはパスワードやマイナンバーになり、数字化されています。つまり名前だけが自分を表すものではなくなってきているわけです。そしてその手法は多岐にわたっている。そういう状況だからこそ、今回のテーマは意義があるのではないかと思います。   ―― 「しるし」と聞くと、日本では決裁や決定を下す重要な場面で用いる「印鑑」のイメージがありますが、その認証方法も今後は変わってくる可能性があるということですね。   印鑑をこれだけ頻繁に使うのは日本だけですよ。海外ではすでにサインがなくなり、スマートフォンで決裁を済ませる国がたくさんあります。中国などはその代表格で、完全にキャッシュレス社会になってきています。コンビニでもスーパーでもアリペイが浸透しているから、誰も現金を持っていないんですよ。たとえば家を購入するために銀行からお金を借りる場合、日本では保証人が必要ですし、本人が何か所も印鑑を押すなどして面倒な手続きを踏まなければなりません。でもスマホ決裁なら、簡単に銀行の口座から直接お金が下り、それで家を買うこともできる。つまり、「しるし」というものが示してきた価値は、日本においては決断や緊張感を伴う「押す行為」にあったりしたかもしれないけれど、それはローカルカルチャーであって、世界に共通したカルチャーや認証方式とは限らないということです。もうひとつ例を挙げると、中国では自転車のシェアリングサービスが急速に普及しているんですが、これもアプリをダウンロードして登録すれば、あとはスマートフォンで車体のQRコードを読み込むだけで認証され、鍵が開くんですよ。面白いのは、お年寄りはガラケーをかざすんだそうです。何でもかざせば解錠されると思っている。つまり、スマホより「かざす」行為のほうが重要なんですよね。そう考えると、将来的にはひょっとすると手をかざすだけで自動ドアのように開いたり解錠できたりするようになるかもしれない。要はアイデンティティがわかればいいわけですから。声や顔とAIと組み合わせた認証のプラットフォームも主流になるでしょうしね。     ―― 今回のコンペに期待することは?   これだけ認証方式がどんどん変わっていく時代ですから、今回の応募作はモノだけでなく、システムを提案してくる人もいるのではないかと思います。シヤチハタの名はすでに日本のカルチャーですから、モノではないOSをつくったところで、そのブランド力は揺るがない。そこが強みだと思うので、ぜひ面白いシステムの提案にチャレンジしてほしいですね。   執筆: 杉瀬由希      撮影: ただ