しるされるのはなにか?

このコンペでは毎年手を変え品を変え「しるし」をテーマにしていますが、そもそも「しるし」とはなんでしょうか。人は何をしるすのかというと、突き詰めれば「わたし」なんですね。だから僕は毎年、節目のように「わたし」について考えさせられます。 近年はインターネットの普及により、「わたし」の捉え方が少し変わってきている気がします。70〜80年代は「個」が社会より優先されてきました。「世界にたった一人のあなた」とか「あなたらしく」とか、そういうことを世の中は個人に対して言い続けてきた。これはおそらく「国家」が偏重されていた戦前の体制への反動だと思いますし、そこは共感できます。しかしながら、近年の地球温暖化や感染症などの問題は、「わたし」ではなく「わたしたち」が直面している問題です。 そもそも生命というのは連綿と続いていく存在で、一世代かぎりの個体本意で考えるものではないかもしれません。人間はせっかちな動物で、歩き回って食物を採取し、空腹を満たします。それを合理的に行うためには、個々の細胞が個別に判断して動くのではなく、一度脳に情報を集約し、脳がその個体の生存にとっての最適性を判断し、身体のパーツに素早く司令を出すわけです。ヒトの動作の多くはそういうメカニズムでできています。一個体のための最適解を矢継早に判断していく必要があるからでしょう。その結果として、脳はいつしか「わたし」という幻想を持つようになったのかもしれません。つまり人間は、いつからか、植物などとは異なる生存戦略をとるようになったのです。本来は「WE」であるはずの生命が「I」という意識を持ってしまったことに、ホモサピエンスの一つの限界があるのかもしれません。

心を表す解像度

心の世界って、描写の解像度がすごく低いと思うんですよね。ものの形状や機能性の表現に比べて、どうしても自分の心を基準にするからか、ボキャブラリーが少ないものが多い。だから今回の「こころを感じる」は漠然としたテーマだなと思いつつ、心の捉え方の解像度が高まるようなものが生まれるといいのかなと思っています。曖昧な心というものに向き合う意味があるとしたらそこかなと。
例えば「愛」っていっても、その愛という言葉の概念を見る解像度が高まるといいですね。僕は情動的なものが比較的苦手なタイプなので、自分ではなかなか作れないですけれど、たまに映画や小説で見つかる瞬間もあります。そういう作品はやっぱり心の描写に対する解像度がすごく高くて、これまであまり見えていなかった人間の心の部分が明らかになる感動があるんですよね。ただそれをプロダクトのようなかたちで見せるのは至難の業なので、もしかしたらないものねだりの願望なのかもしれないですけれど。ボキャブラリーが少ないなかで心のポエムを書こうとすると、どうしても荒くなるんですよね。LEDが一つ点灯することに対して「そこまで思う?」みたいな過大な思い入れを伝えてくるアイデアなどはすごく多いです。

制約があるから自由につくれる

このコンペは「しるし」という、すごくミニマムで簡潔なテーマが設定されていますが、個人的には制約があるからこそ、その枠組を広げながら自由に作れそうだなと思います。第14回のテーマが「『 』を表すしるし」と「表す」だったのに対し、今回は「感じる」になっています。感じるというのはとても不確かで、おぼろげです。私はこういう抽象的なテーマ設定がすごく好きですし、今までとは違う質のものが出てきそうな予感がします。表すだと、的確に物事を伝えなければならない印象がありますが、感じるだと幅が広くて、断定しなくてもよいから、不思議な立ち上がりのものができそうだなと思いました。いろいろ考えやすそうです。 これまで少し不思議だったのが、募集要項には印鑑やハンコじゃないといけないとは書いてないのに、手に収まるサイズの、なにかに押せるものがメインでした。「しるし」という単語からはサインや矢印も浮かびますし、チェックマークのようなものもあるでしょう。それ以外にも自分の身体が入っちゃうくらいのサイズだとか、自然物だとか、一回しか使えないとか、二度と同じものがつくれないとか、そういうしるしもあるよなぁって思ったんですけれど、あまり見たことないなと。少しおとなしめかなと。それはもしかしたら、これまでは商品化を前提としていたからかもしれません。商品にしてもらう幸せもありますが、そこには収まらないような面白くて価値のあるしるしって多分いっぱいあります。今回は評価基準が商品化ではなく「企画の実現性」に変わったので、大量生産に縛られる必要もないですよね。
私の周りの面白いデザイナーたちは、一点物で販売するような方も増えていて、プロダクトデザインだからといって何千個も作るわけではなくなってきています。デザインでもそういう道があることがすでに証明されて、確立されてきています。だから今回、少し変わったらいいなと思っています。