ハンコやスタンプ台、筆記具など、シヤチハタはさまざまな「しるし」にまつわる商品を開発してきました。しかしその範囲は目で見えるものにとどまりません。今回は新規事業として始まっている「音のしるし」のプロジェクトについて、新規事業開発部の酒見友樹さんと平鍋沙也伽さんにお聞きしました。


シヤチハタの創業は、1925年。使うたびにインキを補充する必要のない「万年スタンプ台」の開発から始まった企業です。そこからずっと、朱肉やスタンプ、ネーム印といった商品とともに成長してきました。しかし、シヤチハタが重要視しているのは「しるし」そのもの。その概念はハンコだけではありません。

近年は物理的な印影を超えた電子印鑑による決裁サービス「Shachihata Cloud(シヤチハタクラウド)」をはじめ、デジタル事業にも参画していますが、いま新事業として注力しているのが「音のしるし」です。シヤチハタは2024年秋頃より、音響通信技術※を持つ会社のエヴィクサーとともに、さまざまな音にまつわる新しいプロジェクトを進めています。
※音を指紋のように見分ける音声フィンガープリント技術と、音に暗号化を施した情報を埋め込む音響透かし技術を組み合わせて用いる通信技術

音を集めるスタンプラリー



2025年4月から8月まで、名古屋鉄道瀬戸線開業120周年を記念した「音鉄サウンドスタンプラリー」が開催されました。音響識別技術を使ったシヤチハタ サウンドスタンプラリーを導入したスタンプラリーで、スマートフォンから参加できます。たとえば特定の駅のアナウンスにスマートフォンのマイクを向けることで、ウェブアプリ内で自動的にスタンプが押されていきます。いわゆる「音鉄(鉄道ファンのなかで、特に鉄道に関連する音の収集が趣味の人のこと)」向けのアイデアとして、人気を博しました。



「鉄道会社にとってスタンプラリーは、もはや定番の企画です。しかしこれまでと違うのは、駅だけでなく電車内でも参加できるものに変わった点。直接乗客数につなげることができ、今回も乗車券を参加券というかたちで販売しました。新しい体験ができたと、名鉄さんからもコメントをもらいました」と担当の酒見さんは話します。



サウンドスタンプラリーはイベント会場だけでなく、日常生活のなかでも展開できると二人は言います。たとえばテレビCMに対してマイクを傾けてもらえれば、さまざまな商品やブランドの「サウンドロゴ」を集めるような企画も考えられますし、スーパーマーケットの入店音に反応させることもできます。これは「フィンガープリント技術」と呼ばれるもので、いわば「音の指紋台帳」を事前に作っておきさえすれば、どのような音に対しても応用できるのです。

音に反応するスマホペンライト



「音のしるし」はスタンプラリーで集めるだけではありません。もう一つのプロジェクトが、音に連動して光る「シヤチハタ スマホペンライト(仮称)」です。2026年3月14日に開催された、シヤチハタ協賛の音楽イベント「Music Chocolate Festival.2026」でこのサービスが実験的に使われ、会場を盛り上げました。

「Music Chocolate Festival.2026」会場での様子。市販のペンライトに混じって、早速スマホペンライトで楽しむ人も。


近年「推し活」の一環でペンライトが使われるシーンは多くありますが、このサービスはライブ会場やスタジアムなどでのイベントで、来場者のスマートフォンの画面を音に反応するペンライトとして使えるようできるものです。音に連動するスマホペンライトは世界初だと言います。これまでの連動型ペンライトの多くは電波制御でしたが、これは音自体に反応するため、特定の会場以外でも使用ができます。たとえば友人との個人的な上映会や、同時配信イベントなどを自宅で視聴していても、連動が可能です。

エヴィクサーではすでにペンライトでこの技術を実現していますが、今回スマートフォンで使用できるようにした一つの大きな理由は「より多くの人にとっての『担当』のグッズを作るため」だそうです。推し活市場における大きな課題の一つは「すべての需要に応えられるグッズは生産できない」こと。在庫リスク等や生産スケジュールの問題で、物理的に難しい部分が多くありました。しかしスマートフォンのアプリでデジタルコンテンツとして配信すれば、在庫リスクもなく、制作スピードも早いので、より多くのバリエーションが展開できます。販売数に応じたインセンティブとしての還元も可能なので、「自担」への直接的な応援にもつなげられます。今後、音楽ユニットのライブやスポーツチームなどに対しての展開が考えられているそうです。



これからの「音のしるし」は?



さまざまなエンターテインメントやマーケティング領域での活用が考えられる「音のしるし」ですが、同時にシヤチハタが開発を進めているのが、動画や音声コンテンツの加工・改ざんを高精度に検証する「シヤチハタ メディアタグ」というサービスです。
「ディープフェイク」と呼ばれる、実在する人物の顔や声、動作を模倣し、ニセの映像や音声、画像を作成する技術が近年大きな問題になっており、実際にSNS等で拡散される被害も出ています。生成AIで生み出された偽の映像かどうかの検証は、現在は大きな労力が必要です。このサービスはそれを容易にするためのシステムとして開発され、現在すでにベータ版が運用開始しています。



新規事業を担当する二人に「しるしとはなにか?」と質問したところ、平鍋さんからは「指標を見えるかたちで残していくもの」、酒見さんからは「境界線を可視化するもの」という答えをもらいました。シヤチハタでしるしについて考え続ける二人は「印影」を超えたしるしの未来が見えているようです。始まったばかりの「音のしるし」のプロジェクトも、可能性が大きく広がっています。



取材・執筆:角尾舞
撮影:寺島由里佳


「シヤチハタの捺しごと」
Vol.05 インキの秘密 その2
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