心を表す解像度

心の世界って、描写の解像度がすごく低いと思うんですよね。ものの形状や機能性の表現に比べて、どうしても自分の心を基準にするからか、ボキャブラリーが少ないものが多い。だから今回の「こころを感じる」は漠然としたテーマだなと思いつつ、心の捉え方の解像度が高まるようなものが生まれるといいのかなと思っています。曖昧な心というものに向き合う意味があるとしたらそこかなと。
例えば「愛」っていっても、その愛という言葉の概念を見る解像度が高まるといいですね。僕は情動的なものが比較的苦手なタイプなので、自分ではなかなか作れないですけれど、たまに映画や小説で見つかる瞬間もあります。そういう作品はやっぱり心の描写に対する解像度がすごく高くて、これまであまり見えていなかった人間の心の部分が明らかになる感動があるんですよね。ただそれをプロダクトのようなかたちで見せるのは至難の業なので、もしかしたらないものねだりの願望なのかもしれないですけれど。ボキャブラリーが少ないなかで心のポエムを書こうとすると、どうしても荒くなるんですよね。LEDが一つ点灯することに対して「そこまで思う?」みたいな過大な思い入れを伝えてくるアイデアなどはすごく多いです。

制約があるから自由につくれる

このコンペは「しるし」という、すごくミニマムで簡潔なテーマが設定されていますが、個人的には制約があるからこそ、その枠組を広げながら自由に作れそうだなと思います。第14回のテーマが「『 』を表すしるし」と「表す」だったのに対し、今回は「感じる」になっています。感じるというのはとても不確かで、おぼろげです。私はこういう抽象的なテーマ設定がすごく好きですし、今までとは違う質のものが出てきそうな予感がします。表すだと、的確に物事を伝えなければならない印象がありますが、感じるだと幅が広くて、断定しなくてもよいから、不思議な立ち上がりのものができそうだなと思いました。いろいろ考えやすそうです。 これまで少し不思議だったのが、募集要項には印鑑やハンコじゃないといけないとは書いてないのに、手に収まるサイズの、なにかに押せるものがメインでした。「しるし」という単語からはサインや矢印も浮かびますし、チェックマークのようなものもあるでしょう。それ以外にも自分の身体が入っちゃうくらいのサイズだとか、自然物だとか、一回しか使えないとか、二度と同じものがつくれないとか、そういうしるしもあるよなぁって思ったんですけれど、あまり見たことないなと。少しおとなしめかなと。それはもしかしたら、これまでは商品化を前提としていたからかもしれません。商品にしてもらう幸せもありますが、そこには収まらないような面白くて価値のあるしるしって多分いっぱいあります。今回は評価基準が商品化ではなく「企画の実現性」に変わったので、大量生産に縛られる必要もないですよね。
私の周りの面白いデザイナーたちは、一点物で販売するような方も増えていて、プロダクトデザインだからといって何千個も作るわけではなくなってきています。デザインでもそういう道があることがすでに証明されて、確立されてきています。だから今回、少し変わったらいいなと思っています。

ハンコじゃないしるしの価値とは?

今回のテーマは「こころを感じるしるし」ですが、今までよりも大きな観点からこのコンペに取り組みたいと思いました。目で見たり、耳で聞いたり、あるいは手で触ったり、鼻や口から感じたりするものまで、幅広い「しるし」がどのように人間の心を動かしていくのかに興味があります。
これまで14回このコンペを続けてきていますが、やはりハンコに関連する提案はどうしても多いです。「シヤチハタ=ハンコ」という部分は、当然ありますからね。ハンコでなかったとしても、第12回で米田隆浩さんの「Shachihata PAPER」という、朱肉の朱色を大胆に用いた作品が準グランプリを獲得したら、ここ2年ほどは朱色がテーマの作品がかなり増えました。どうしてもハンコ、朱肉、スタンプ台、というアウトプットに偏りがちです。そろそろ、しるしの幅を広げていきたい気持ちが強くあります。
私たちの製品は、ゴムやインキ、プラスチックなどの素材そのものから開発しているものも多くあります。それぞれの商品に合うように、素材のレシピを変えているんです。なので、例えば衛生用品などへの応用もあります。「おててポン」という商品は、子供の手に押して手洗いの習慣を学ぶためのスタンプです。ずいぶん前から販売はしていたのですが、皮肉にも近年の感染症の拡大で背中を押されました。シヤチハタはハンコをきっかけとしながら、ステーショナリー以外の領域にも足を延ばしています。ですからこのコンペに関しても、いきなりは難しいかもしれませんが、少しずつステーショナリーだけの領域から離れたい意識はあります。むしろ「ハンコじゃないしるしの価値」を、コンペを通じて教えていただきたいです。そして同時にものとしての製品だけでなく、サービスやコトを含めたしるしについての提案も歓迎です。もちろんこれまでの製品化と同様に、運営や実施も積極的に考えていきます。